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夜明けの星 6-29(夏樹)
雪夜はお花見以降、日によって少しムラはあるものの、よく喋るようになってきた。
表情筋を鍛える練習とひらがなの練習も以前よりスムーズで、書き方を忘れることも減ってきた。
声が出るようになってからの経過は、良好。
……に見えるけれど、その反面……夜中に叫び声をあげることが増えた。
うなされる回数が増えたわけではないと思う。
以前は声が出なかったから静かにうなされていただけで、実際は以前から雪夜の中ではこれくらい叫んでいたのだろう。
うなされて、叫んで、自分の叫び声に驚いて怯えて目を覚まして、またパニックになって、泣いて……
酷い時は夜中にそれを何度か繰り返す。
ある意味、これも成長……というか、変化?
今まで雪夜の内側だけで処理してきた恐怖が、ようやく外側に出て来たように感じる。
「雪夜っ!!夢だよ!大丈夫、こっち見て!?」
「ヒッ!?」
「俺だよ、わかる?」
「……なちゅ……しゃ……?」
「うん、そうだよ。もう大丈夫だからね。よしよし、頑張ったね」
「……ぅ~~~っ……っく……っ」
「怖かったね、大丈夫。もう大丈夫だから……」
雪夜を抱きしめ、あやしながら目を瞑る。
――夏樹もさすがに参っていた。
うなされるのはほぼ毎晩で、それをあやすのは日常だったが……声が出るようになると叫び声が頭に響くせいか余計にキツイ……
それでも……声を押し殺して申し訳なさそうに泣く雪夜を見ていると、もっと声を出して思いっきり泣けばいいのにと思う。
雪夜が泣き声を我慢するのは以前からだが、今は3歳児だ。
もっと甘えてワガママになってもいいんだよ……
もっと大きな声で泣き喚いてもいいんだよ……
***
「今日はもう終わりましょうか!」
「え?」
夏樹は驚いて学島の顔を見た。
リハビリを始めてまだ10分も経っていない。
「二人とも、酷い顔してますよ。寝不足や体調の悪い時に無理をしてもいい事なんてないですからね」
「あぁ……そんなに酷い顔してます?」
夏樹は自分の顔を撫でながら苦笑した。
昨夜から今朝にかけては特に夢見が悪かったらしく、眠ったと思うと起こされて……結局雪夜も夏樹もほとんど眠れていなかった。
「が~くしぇんしぇ~!まぁだ?」
夏樹と学島が話している間に、雪夜は次のリハビリの準備をして待っていた。
「雪夜くん?やる気があるのはいいけど、寝不足でフラフラしてますよ?今日はもうおしまい!いっぱい寝て元気になったらしましょうね!」
「が~~~ん……」
雪夜は浩二に教えて貰った「が~~~ん……」が気に入ったらしく、ショックなことがあるとよく使っている。
使い方は間違っていないし、雪夜がすると可愛いので密かに夏樹たちのお気に入りでもある。
「が~~ん!だねぇ~。先生もが~~~ん!だよ~。明日はちゃんと出来るといいですね!」
リハビリ面での雪夜の体調管理は学島に任せている。
だから、学島がやめた方がいいと判断したなら、今日はこれで終了だ。
***
「よ~し、雪夜、お昼寝しよっか」
昼食の片づけをした夏樹は、お絵描きボードで遊んでいた雪夜を抱き上げた。
「い~やっ!」
「雪夜は眠くないの?」
「ないの!」
いつもお昼寝をしているのだが、今日は珍しく雪夜が嫌がった。
ほとんど眠れていないので雪夜も眠たいはずなのに……眠ってまた悪夢を見るのが怖いということかな?
雪夜にとって昨夜の夢はよほど怖かったらしい。
「え~……そっかぁ~……わかった。それじゃ雪夜は夏樹さんをトントンして。夏樹さん眠たい……」
「なちゅしゃんねんね?」
「夏樹さんねんね~……」
夏樹を寝かしつけて欲しいとお願いして、何とかベッドに連れて行く。
一緒に横になると、夏樹がいつもしているように、雪夜がトントンと撫でてきた。
雪夜のトントンに合わせて夏樹も雪夜をトントンしていると、雪夜が夏樹の手をペチンと叩いた。
「なちゅしゃんねんねよ!」
「え~、夏樹さん、トントンされると勝手に手が動いちゃうんだよね~」
「ゆちや、ねんね、ないの!」
「うんうん、雪夜は寝ないんだよね~。ちゃんと夏樹さんをトントンして?」
軽くあしらいながら雪夜をトントンすると、そのうちに雪夜の手が止まって寝息が聞こえて来た。
寝たか……
しばらく夏樹も一緒にまどろんでいると、小さい悲鳴を上げて雪夜が目を覚ました。
あ~……ダメか……また怖い夢見ちゃったのか……
頭の中では、早く雪夜を抱きしめてあげないと……と思うのに、眠すぎて身体が動かない。
ひとまず雪夜の気配を探っていると……
「……っなちゅしゃ……なちゅしゃんねんね……」
夏樹の存在に気付いてホッとした様子の雪夜が、夏樹を起こしかけて手を止めた。
雪夜は静かにまた寝転ぶと、夏樹の胸元に引っ付いてきた。
そのまま眠るのかと思いきや、何やらもぞもぞし始め、夏樹の手をむぎゅっと掴んだ。
ん?なんだ?
気になった夏樹が頑張って目を開けようとしていると、雪夜が夏樹の手を使ってセルフトントンを始めた。
「なちゅしゃん、ねんねよ……ゆちやも、トントン!」
何それええええええええええええ!!!
薄く瞼を開いて雪夜の様子を見る。
やだもう……こんなの萌え死ぬわっ!!
にやけそうなのを必死に堪えて、雪夜がまた眠った途端、思いっきり悶えた。
ひとしきり悶えたあとは、「今度はいい夢見てね」と耳元で囁いて、雪夜を抱きしめて眠った。
――それが効いたのかはわからないが、その後は雪夜と一緒に6時間も爆睡することができた。
***
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