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夜明けの星 6-30(夏樹)
「――それはちょっと欲張りなんじゃないの?僕たちからすれば、羨ましいよ。だって、話を聞く限りじゃ、雪くんは君たちにはめちゃくちゃ甘えてワガママ言ってるじゃないか!」
雪夜の声が出るようになってからの様子を聞いた慎也が、画面の向こうでむくれた。
夏樹は一応、別荘での雪夜の様子について、慎也と達也にも定期的に連絡を入れている。
斎も交えて、真面目に雪夜の状態について話し合うこともあるが、会話の半分は慎也たちが雪夜と夏樹たちの関係性に嫉妬して、いじけている。
「どこが?そりゃまぁ、多少は甘えてくれるけど、今の雪夜は三歳ですよ?そう考えると全然でしょう?」
「初めて会った二歳の頃から、僕たちには、嫌だとか、やりたくないとかは言ったことないし……抱っこしてとか、一緒に寝てとか……そんな可愛いこと一回も言われたことありませんけどっっっ!?あの頃の雪くんにそんなこと言われてたら鼻血もんだよっ!!もちろん、今言われてもだけどっ!!」
そんなこと力説されても……
「でも、雪夜が実家にいた時は雪夜と達也と三人一緒に寝てたんでしょう?」
「それは僕たちが無理やりね!」
「あぁ……。そもそも、あんたらが先を見越して何でもやっちゃうから、ワガママを言う必要がなかったんじゃないですか?」
「ぅ~ん……そうだったのかもしれないけど……あの頃はとにかく必死だったからなぁ……っていうか、それを言うなら、君たちもでしょ?雪くんに対して随分甘いじゃないか。でもまぁ、今の雪くんに、甘えられる存在がいっぱいいるのは心強いよ。それが僕らじゃないのは兄として辛いものがあるけど……僕らの分も、いっぱい甘やかしてあげてよね」
「言われなくても、そうしてますよ」
雪夜は入退院を繰り返していた幼児期、子どもながらに母親の大変さを感じて素直に甘えられなかった。
甘えたり、ワガママを言ったりすることで、母親に嫌われるんじゃないか。もう会いに来てくれなくなるんじゃないか。と言う恐怖心のようなものもあったのだろう。
達也たちと家族になってようやく甘えられる存在が出来たと思った矢先に、雪夜の世界は敵 だらけになって、安心できる場所がなくなってしまう。
そのせいで、普通に生活すること自体出来ていない。
本来なら幼児期に経験するべきことを、雪夜はほとんど経験出来ていないのだ。
だから、夏樹や兄さん連中が雪夜を思いっきり甘やかしているのは、甘え方を知らない雪夜に『揺るぎない愛情を注がれながら、全力で甘える方法』を教えるためでもあるのだ。
「それはともかく、今の状況だけどね。う~んと、たぶん……――」
「……え?――」
***
「――ってことで、その日に泊まりに行ってもいい?」
「いいぞ。んじゃ、その日に来る兄さんが誰かわかったら、来る時にそっちに回ってもらうように言っておく」
「わかった。よろしく」
「はいよ」
佐々木からの電話を切ると、夏樹は隣でひとり表情の練習をしていた雪夜の頭をポンポンと撫でた。
「雪夜、ゴールデンウィークは佐々木と相川が来るってさ!」
「ええええ!?」
雪夜が驚いた顔で『え』の口をしながら夏樹を見上げてきた。
「うん、上手だね。使い道もあってる」
「お~~!!」
いやもう『あ行』は本当に万能だね。
って、そうじゃなくて!!
「うん、雪夜く~ん。ちょっとお話したいから、表情の練習は一旦止めてもらっていいですか~?」
「あ~い!」
ひとまず、あ行が終わったので、雪夜が表情の練習を止めて夏樹を見た。
「ありがと。あのね、佐々木と相川は覚えてる?」
「……しゃ?」
「さ・さ・き」
「……しゃしゃち?」
「おしいな~。さ・さ・き」
「しゃしゃき!」
「やっぱり、さ行は難しいか」
慎也たちの話じゃ、雪夜はもともと『さ行』の滑舌が悪かったらしいしな……
「まぁ、それはいいとして、え~とね……この二人」
夏樹は雪夜に佐々木と相川の写真を見せた。
「……」
「見たことはある?」
「あ……りゅ~ぅ?」
雪夜がじっと写真を見ながら首を傾げる。
あまり覚えていないようだ。
「そっか……久しぶりに会うからねぇ。会ったらまた思い出すよ。この二人のお兄ちゃんは雪夜のお友達だよ。来てくれたら一緒に遊ぼうね」
「あしょぶ!!」
佐々木と相川が前回来たのは、雪遊びの前だった。
だから、二人は雪夜がこれだけ声が出るようになっていることを知らない。
二人の驚く顔が目に浮かび、思わず口元が綻んだ。
いつも報告を怠るな!とお叱りを受けるのだが、これは佐々木も怒らないだろう。……たぶん?
***
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