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夜明けの星 6-34(夏樹)
ゴールデンウィーク中はずっと佐々木と相川がいたので、夏樹は二人に雪夜を任せて久々にゆっくりと休養した。
……となる予定だったのだが、愛華 に呼び出しを受け、マダムに呼び出しを受け……連日出かける羽目になってしまい、普段よりも忙しかった。
瀬蔵 のおっさんからの呼び出しなら無視するが、愛ちゃんやマダムは無視すると後が怖いからな……
***
「――マダム、入りますよ」
軽くノックをして、返事を待たずに扉を開けた。
「あら、夏樹くん。来てくれたの?」
白々しい……呼び出したのはあんただよ!
「新人研修終わりましたよ。最初に比べるとだいぶ基礎体力もついてますね。みんな日頃からトレーニングしてくれてるみたいで安心しました」
夏樹は現在、マダムのBGたちの専属トレーナー兼警備アドバイザーという肩書きを持っている。
普段は別荘から出られないので、リモートでこちらにいる警備リーダーたちと連絡を取り合っているのだが、雪夜が落ち着いてきたと聞いて、マダムが一度今年の新人と直接会って、みてやって欲しいと言ってきたのだ。
「警備リーダーたちがあなたからの指示を的確に伝えて実行に移してくれている……ということかしらね」
「そうですね」
「それで……どうでしたか?」
「……もう調べはついてるんでしょう?マダムの言う通り、あいつはたぶんスパイですね。裕也さんにも調べて貰いましたけど、プロフィールがガッチガチに作られてますし、他の新人ともあまり話さず地味で目立たないように気を付けている節があります」
まぁ、つまり、新人たちに会って欲しいというのは建前で、実はその中に経歴が怪しいのが紛れているから夏樹に確かめて欲しいということだった。
地味で目立たないというのは一見孤立しているようだが、空気みたいな存在になれば逆にどこにいても誰にも見咎められないので、情報収集をするスパイにとっては都合がいい。
「そう……」
マダムが残念そうにため息を吐いた。
金と権力を持つということは、信頼できる人がいなくなっていくことでもある。
常に相手を疑って、いつ裏切られるかとびくびくしながら生きて行かなければならないのだ。
「泳がせるんでしょう?」
「よくわかったわね。警備リーダーには早く解雇して遠ざけた方がいいと言われたのよ?」
「目が届く範囲で泳がせる方が、結局は安心ですからね。まぁ、後日裕也さんが来ますけど、くれぐれも用心はしてくださいね。勝手な行動は慎んでBGたちに迷惑をかけないこと!!」
「わかってるわよ。まったく、口うるさいのは変わらないわねぇ。黙っていればいい男なのに」
「そりゃどうも。ぜひとも、俺が口うるさくしなくても済むようなおしとやかな女性になってくださいね、マダム?それじゃ失礼します」
「んもう!」
夏樹はマダムにウインクと営業スマイルを送ると部屋から出た。
***
「――あぁ、夏樹だけど、雪夜の様子はどう?」
夏樹は車に乗ると、佐々木に電話をかけた。
「あ~、まぁまぁかな。昼飯はちゃんと食えたよ。さっき眠くなって夏樹さんを探してたけど、まぁ、何とか宥めすかしてるうちに、泣き疲れて寝た」
「そうか」
「もう帰って来るのか?」
「一応マダムの用事は済んだけど、雪夜が大丈夫そうなら、もう少し他の用事も済ませてから帰ろうかな」
「わかった。まぁ、大丈夫だとは思うけど、あんまり遅くはなるなよ?」
「はいはい。それじゃ雪夜のこと、よろしく頼む」
「はいよ~」
通話を切って、エンジンをかける。
「よし、買い物して帰ろう!」
ずっと雪夜に付きっきりなので、夏樹自身、街に来るのは久しぶりだ。
元々そんなに買い物好きという方ではないのだが、ウインドウショッピングを楽しみつつ、気がつくと両手いっぱいに大きな紙袋を持っていた。
ヤバいな、買い物でストレス発散するって人の気持ちが初めて分かった気がする!!
ストレスが溜まっているわけではないが、久々なのであれもこれもと買っていくうちに、いつの間にか紙袋が増えている。
雪夜用と自分用の夏物を揃えていくのが楽しい!
雪夜が入院していた時から、服は裕也と斎が季節ごとに数枚ずつ買って来てくれる。
別にそれで十分なのだが……
今日はちょっとおしゃれなお出かけコーデを購入してみた。
雪夜はまだ外出できないから、お出かけコーデなんて必要はないんだけど……家の中で着てもいいだろ?
いつもいつも動きやすい部屋着ばかりだから、たまには気分転換にね!!
「え~と、それから次は……」
店から出て、次の目的地に行こうと夏樹が振り向いた瞬間、すぐ近くで悲鳴があがった。
夏樹が異音に気付いて上を見ると、建物の外壁を修理するための足場が崩れていた。
それを理解した時にはもう足場は夏樹の真上にきていた。
あぁ……マズい……
――夏樹さん!
一瞬、雪夜の幻聴が聞こえた気がした……
***
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