424 / 715

夜明けの星 6-35(佐々木)

「それにしても……夏樹さん遅いですね」  夕食後、佐々木は食器を洗いながら斎にこっそり話しかけた。  雪夜は相川と遊んでいるので聞こえることはないと思うが、『夏樹』というワードが聞こえると雪夜が夏樹を探そうとするので、一応声を潜める……  斎は菜穂子の体調が良くなったから、と昨日の夜やって来た。  普段ならこういう連休には2~3人は来ていると聞いていたのに、ゴールデンウィークは兄さん連中も忙しいらしく、今回別荘にいるのは斎だけだ。  みんなに会えると思っていたので少し残念だ。 「そうだな、晩飯までには帰って来ると思ったんだけどなぁ……」 「電話でもそんなに遅くなるようなことは言ってなかったんですけど……」  今の雪夜は、夜9時くらいにはもうおねむだ。  晩飯の後はちょっと休憩して、お風呂に入って寝る。  佐々木たちや斎たちにもだいぶ慣れてくれて、夏樹が傍にいなくても一日過ごせるくらいにはなっているが、お風呂と寝る時はやっぱり夏樹がいないと…… 「もうお風呂に入る時間ですけど、どうしましょうか……?」 「う~ん……電話してみるか」  斎が手を拭いて携帯を取り出そうとした時、電話が鳴った。 「お?噂をすればだな。はい、もしも~し……え?……あ、はい、そうです。……はい……そうですか、わかりました。はい、すぐ行きます。失礼します」  電話に出た斎の口調が改まり、表情が険しくなった。   「あれ?夏樹さんからじゃなかったんですか?」 「ん~?あぁ、ちょっと待て……」  斎は携帯を弄りながら佐々木の言葉を遮ると、人さし指を立てて静かにするよう合図をしてきた。 「――あ、ユウ?今日の昼以降でK総合に救急で運ばれた中にナツがいないか調べろ」 「え、ちょ、斎さん!?今の一体どういう……」  救急って!?夏樹さん、ケガしたってこと!? 「今調べてるからちょっと待て……――あぁ、うん、そうか。今病院から電話があったんだ。ちょっと様子見て来てくれ――」 「――斎さん!?」  佐々木はヤキモキしながらも、斎が通話を終えるのを待った。  夏樹相手ならどんな時でも遠慮せずにグイグイいけるが、ふざけていない時の兄さん連中にはさすがの佐々木でも気軽に話しかけられない。 「詳しくはまだわからねぇけど、店の外壁を修復するための足場が崩れて、ナツがその下敷きになったらしい」  斎が小声で佐々木に耳打ちした。 「はあっ!?」 「しぃ~!声がデカい!」  斎に言われて慌てて口を押さえる。  チラッと雪夜たちの方を見るが、二人とも遊びに夢中で佐々木たちの様子には気づいていないらしい。 「……すみません。え、夏樹さんは大丈夫なんですか?」  トーンダウンをして、なるべく冷静に話を続ける。 「わからん。でも看護師が電話かけてきたってことは、少なくとも本人がかけてこれない状態ってことだな」 「えっ……」 「今ユウが様子見に行ってくれてるから、もうちょっとしたら連絡が来るだろ」 「そう……ですか……」 「まぁ、看護師もそんなに切羽詰まった声じゃなかったから、そこまで深刻じゃねぇと思うぞ」  佐々木の不安を察した斎が、明るく笑って頭を撫でてきた。 「でも……電話かけてこれないんですよね?ってことは、少なくとも今夜は帰ってこれないってことじゃ……雪夜にどう説明すれば……」  昼寝の時でも、夏樹がいないのを誤魔化すのは結構苦労したのだ。  夜もいないとなると、雪夜の精神状態が心配だ。 「……う~ん、とりあえず、風呂はお前らが一緒に入るか?」 「入ってくれますかね?」 「バスボムでどうにかしろ。ナツの状況がわかんねぇんだから、俺らは今出来ることをするしかねぇだろ?俺が入れてもいいけど、お前らが一緒に入る方が雪ちゃんも楽しいだろうし、気がまぎれるだろうしな」 「そうですね……わかりました!」 ***  佐々木は、相川には夏樹がまだ帰って来られないらしいと簡単に説明をして、三人で風呂に入ろうと話しをした。  相川は少し怪訝な顔をしていたが、佐々木の様子に何か感じ取ったらしく、いつものようにしつこく理由を尋ねることはしてこなかった。   「雪夜~!今日は俺らと一緒にお風呂入ろうか!」 「おぅろ~?」 「うん、一緒にバスボムしようぜ!」 「……なちゅしゃん、どぉこ?」  雪夜がお風呂と聞いて、キョロキョロと夏樹を探す。   「俺、雪ちゃんと入りたいな~。バスボム見てみたいな~。見せてくれない?」  すかさず相川がバスボムの話に戻した。 「あわあわ~?」 「うんうん、あわあわ!いつもどれ入れてるの~?雪ちゃんの好きなバスボム見せて?」 「あい!」  相川と二人で巧みにお風呂に誘導し、ボディソープで巨大な泡を作ったり水鉄砲をしたりして雪夜の気を逸らしつつ、なんとかお風呂に入れることができた。  第一関門は突破。  が、問題はその後だ…… 「なちゅしゃああああああん!!ねんねぇええええ~~!!」  お風呂ではしゃぎすぎたせいか、髪を乾かす頃にはもう眠くなってきた雪夜が、目を擦りながら夏樹を探してウロウロし始めた。   「なちゅしゃあああん!!ろこぉおおおおお!?」  眠くてぐずりながら大きな声で夏樹を呼ぶ。   「雪夜、眠たいならねんねしにいこう?」 「雪ちゃん、一緒にねんねしよ~!」 「ぃやんよっ!ねんね、ない!!なちゅしゃん、ねんね!!」  佐々木たちが手を差し出すと、雪夜はその手をぺちっと叩いて、プイっと後ろを向いた。  おっとぉ~……全力で拒否られてるぅ~……  二人であの手この手で誘うが、寝室に行くのも嫌がって、部屋の中を歩き回る。 「なちゅしゃん!?ろこぉ~!?」 「お~い、雪夜~、さすがにそんなところにはいないと思うぞ~?」  夏樹を探しているのだろうが、ソファーの下やテレビの後ろの隙間まで探している様子にちょっと笑ってしまった。  いやいや、笑ってる場合じゃないからっ!! 「参ったな……斎さんどこ行ったんだ?」  風呂からあがると、斎の姿はなかった。   「なぁ、翠、後でちゃんと話聞かせろよ?おかしいだろ、こんな時間まであの人が帰ってこないの」  相川がスススっと近寄って来て、佐々木の耳元で囁いた。 「うん、わかってる……でも、とりあえず今は雪夜を寝かしつけねぇと……」 「わかった。仕方ねぇな、ちょっと強引にいくか?」 「え、強引ってお前何するつも……」 「雪ちゃ~~~ん!ベッドまで空飛んでこ~!」 「ふぇ?」 「よいしょっと。びゅぅ~ん!」 「きゃ~っ!」  相川が雪夜を抱き上げて寝室まで一気に走って行った。  あ、強引ってそういうことね。  苦笑しながら、佐々木も慌てて後を追いかけた。   ***  

ともだちにシェアしよう!