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夜明けの星 6-40(佐々木)
「――っていう感じでしたね」
「うん、お前が自分で名乗る前に雪ちゃんから近寄って来たんだよな?」
「え?あ、はい。そういえば……」
昏睡状態から目覚めた雪夜は、周囲の人が鬼に見えているとかで、佐々木たちのことがわからなくなっていた。
数か月経って、ちょっと落ち着いてくると、夏樹が傍にいて、「怖い鬼じゃないよ、〇〇さんだよ」と紹介してくれれば何とか少し近付くことは出来るようになったが、鬼に見えるのは変わりないので、夏樹以外の人間は声と服装で判別していた。
だから、佐々木たちも別荘に着いた時にいきなり部屋に入らずに、入口で様子を窺ったのだ。
「一応、夏樹さんには、前日に俺らの写真を見せてあるからもし雪夜が起きて来ても大丈夫だ、とは言われたんですけど……」
佐々木は首を傾げた。
考えてみれば、雪夜は写真や動画の中の人間もみんな鬼に見えていたらしいので、いくら前日に俺たちの写真を見せていたとしても、雪夜に俺たちの顔がわかるはずがない。
佐々木の話しを聞いた斎がちょっと考え込む。
「俺が思うに……たぶん今の雪ちゃんには、もう俺らのことが鬼には見えてない」
「……え!?」
「人間に見えているかはわからねぇよ?でも、少なくとも雪ちゃんにとって怖い存在ではなくなってる」
「え、マジですか!?いつから……」
「はっきりとはわからねぇけど……俺が気づいたのは最近だ。花見の後、言葉が出るようになってからだな。それまでは、雪ちゃんは俺にも毎回怯えてて、入口で名前を言って、声を聞かせてようやく入れて貰えてたんだけど、いつの間にか俺が名前言わなくても先に俺だって認識出来るようになって、雪ちゃんの方から近寄って来るようになってたんだよ」
雪夜の声が出たのは大雪が降った日に雪遊びをした時で、言葉が出るようになったのは花見の後……と夏樹からは聞いた。
つまり、本当に最近の話しだ。
声が出るようになったことさえ知らなかった佐々木たちには、雪夜のそういった微妙な変化はよくわからないが、斎は兄さん連中の中でも一番夏樹たちと一緒に過ごしているらしいので、斎がそう感じたのなら、きっとそうなのだろう。
「スゴイじゃないですか!それってもしかして、記憶にも関係してきたり……?」
もしかして、俺たちのことを思い出してくれたりとか……
「そこまではまだわからねぇよ。ただ、確認のために街中に急に連れて行くのはリスクが高すぎるから、別荘以外で他人に会わせるとすれば、病院が一番安全だ。それに、雪ちゃんも退院してからおよそ1年になるから、そろそろ一度詳しく検査しておいた方がいいだろうと思ってな。そんなわけで、雪ちゃんを連れて来たんだよ。ナツも雪ちゃんが一緒なら大人しく入院するだろうし、雪ちゃんもナツと一緒なら大丈夫だろう――」
雪夜が夏樹以外の人間も鬼に見えなくなっているかどうかを確認するには、全然知らない人に会うのが一番わかりやすい。
別荘では、限られた人間としか会わないので、しょっちゅう一緒にいるせいで雪夜が兄さん連中の声を覚えて、この声の鬼は怖くないと認識できるようになっただけかもしれないからだ。
だから、今回の佐々木たちへの反応は、興味深い。
「あれ?っていうことは、夏樹さんもそのことに気付いてるってことですか?」
前日に俺たちの写真を見せて名前を教えていたわけだし……
「さあ?ナツとはまだこの話はしてなかったからわからんが……まぁ、ずっと一緒にいるわけだから、気づいていてもおかしくはねぇな。前日にお前らの写真を見せたっていうのは、もしかしたら雪ちゃんの反応を見るためだったのかもしれねぇし」
「ふむ……なるほど、そういうことか」
斎と佐々木の話しを黙って聞いていた隆文が、ようやく口を開いた。
「そうだな、それはかなり興味深い。それに、きみが言うようにいろいろと検査はしておきたいな。会わない間にだいぶ変化があったようだし……雪夜も一緒に入院させるなら、ついでに言語訓練も受けさせてみるか?雪夜の声が出るようになったというのは聞いていたが、あんなに言葉が出るようになっていたのは正直驚いた。先ほどの様子だと舌がうまく動いていないようだが、訓練すれば以前のように喋れるようになるだろうから――」
全然驚いているようには見えないが、隆文にしては珍しく前のめりで言葉数も多いので、一応隆文なりに興奮しているらしい。
「そうですね、一応別荘でも表情筋を動かしたり、発声を促したりはしてますが、だいぶ単語が増えてきたのでちゃんと言語訓練を受けさせてあげた方がいいと思います。今の状態でも可愛いですけど」
運動機能の方のリハビリは、慣れている先生の方がいいだろうということで、学島と、この病院で以前雪夜をみてくれていた先生との二人に交代で担当してもらうことになった。
なんだか、よくわからないうちに、どんどん話が進んでいく。
これ、夏樹さん起きたら驚くだろうなぁ~……
「あの、それで、雪夜たちはどれくらい入院するんですか?」
「まぁ、雪ちゃんの検査やリハビリの進み具合によるな」
「夏樹さんの回復具合じゃなくて?」
「あいつは一週間も入院すれば十分だろ。まぁ、雪ちゃんが医師や看護師を怖がらなければ、一ヶ月くらいは入院させたいな。言語訓練をちゃんと受けさせたいし、雪ちゃんの状態によって今後どうするか考えていかなきゃだしな。俺は今の状態でもいいけど」
あ~……斎さん、今の雪夜の舌ったらずな喋り方、気に入ってるんだな……
うん、俺にもその気持ちはよくわかりますよ!
だって、今の喋り方……可愛いし……
な~んて言ったら、雪夜怒るかな~?
佐々木は、ふくれっ面になった雪夜を思い出してちょっと苦笑した。
***
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