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夜明けの星 6-41(夏樹)
「な~ちゅしゃん!おちて~!」
「ぅ゛……っ痛 っ……」
夏樹は息が出来ない程の胸の痛みに襲われて目が覚めた。
「……っえ?……ゆき……や……?」
痛みと息苦しさを堪えながら、自分の胸元に抱きついてニコっと笑っている小悪魔……じゃなくて、俺の天使を見つめた。
ぅわ~……なにこの天使~!
可愛い笑顔でとどめ射して来る感じですか~?
まぁ雪夜だったらいいか……じゃなくて!マジ痛ぇっ……なんだこれ……!?
あ~?この感じ 、覚えがあるぞ……肋骨折 ってんな……背中も痛い……
「なちゅしゃん!おぁよ~!」
「ん~……っ……おはよ~……」
やけに機嫌の良い雪夜に苦笑いで挨拶を返しながら、だんだんと焦点が定まって来た瞳を天井に向ける。
あれ?ここどこだ?いつもの寝室じゃない……いや、でもなんか見覚えが……
「お、起きたか~い?おはよ~なっちゃ~ん!」
「なちゅしゃ、おちた~!」
「雪ちゃん、起こしてくれてありがとね~!」
「あい!」
裕也が雪夜と顔を並べて夏樹を覗き込んできた。
あ、天使と悪魔……いや、天使と魔王?
「裕也さん……ここどこ?」
「ここは上代総合病院だよ~」
「上代……?え?」
上代?雪夜の義父の病院?どうしてそんなところに……
あれ?もしかしてこれ、夢なのか?
いや、むしろ……別荘でのことが夢?
「なっちゃん、事故にあったの覚えてる?」
混乱している夏樹に、裕也がにっこり笑いかけて来た。
「事故?……あぁ、そうか……俺店の外で……」
そうだ、雪夜の服を大量に買って……店から出たところで上から足場が降って来て……
隣にいたその店のバイトの子を建物の中に放り込んで、俺は咄嗟にその紙袋で頭を守って……
ん?紙袋……?
「服!!服は!?俺が買った服!!」
「ん?あぁ、服ならここにあるよ~?」
裕也が見せてくれたのは、ビニール袋に入ったボロボロの紙袋と、ビリビリに裂けた大量の服の残骸だった。
「うっそ……マジかああああああああっっ!!……ぅ゛……ゲホッ……」
思わずガバッと起き上がって叫んだ俺は、また肋骨の痛みに顔をしかめた。
「あ~あ、なっちゃん、肋骨にひび入ってるからね~。一応安静にしときなよ?」
「あ゛~やっぱ肋骨ですか……」
そんなことより、雪夜の夏用の服がああああああ!!!
それ……その色……一着しかなかったのに……あの服も……あの服も……
気に入った服にちょうど欲しいサイズや色がなくて、実はかなり苦労して見つけた服ばかりなのだ……
「随分といっぱい買い込んだみたいだねぇ~」
「裕也さぁ~ん……それ、無事なのあります?」
「ん~?無事なの……」
涙目の夏樹から手元のボロボロの服に視線を移した裕也は、ちょっと袋の中を漁って数枚の服……の残骸を取り出した。
「うん、多少デザインは変わってるかもしれないけど、着れないことはないよ?ワイルドな感じでいいと思う!!ほら、無人島遭難ごっことかにピッタリ!!」
そんな遊びしたことありませんけどっ!?
「結局、全滅ってことじゃないですか……あ~もぅっ!……なんでそれクッションにしちゃったんだ俺……」
「ど~んまい!そもそも、反応が悪いよね~。店の子と一緒に建物の中に転げればよかったのに」
「俺もそうするつもりだったんですけど……」
位置的に店員は自分から少し離れていたので、まずその子のいる方向に移動してから中に放り込む動作になったのでその分、自分が逃げ遅れたのだ。
しかも段差があったので、たぶん肋骨は倒れた時に段差に打ち付けた上にパイプが落ちて来たか何かで押しつぶされたのだろう。
まぁ、結局自分の反応が悪かったせいなので、言い訳にしかならないけど。
「くっそぉ~……」
すぐに反応出来なかった自分に嫌気がさして、ちょっと泣きそう……
雪夜と引きこもっていたせいで、平和ボケしていたところはあるかもしれない。
マジで何やってんだ……あれくらい避けろよ俺ぇ~っ!
「なちゅしゃん、よちよち!」
「雪夜~……ありがと~!ごめんね、また新しいやつ買いに行くから……って、あれ?雪夜どうやってここに来たの?」
夏樹は、よしよししてくれている雪夜の手を握って首を傾げた。
「そりゃ、ここから別荘に行った時と同じ方法で」
「……リムジン?」
「そうだよ~?」
「え、いつ来たんですか?っていうか、俺どれくらい寝てました?」
「まだ一日経ってないよ。昨日なっちゃんが事故ったって連絡が来て、昨夜雪ちゃんが寝てる間に連れて来たんだよ。まぁ、リムジンの中で目が覚めて、いっちゃんたちがもう一回寝かしつけてくれたんだけどね」
「へぇ~……雪夜、俺がいなくても眠れたの?すごいねぇ」
「ゆちや、しゅごい?」
「すごいすごい!」
夏樹がいなくても眠れるようになったというのは、すごい。
それだけ精神的に落ち着いてきたということだし、夏樹以外の人に寝かしつけられたということは、雪夜の中で、安心できて信頼できる人が増えているということだ。
まぁ、夏樹としてはちょっとだけ淋しいけど……
「ゆちや、なちゅしゃん、ねんね、いったの!なちゅしゃん、おいでないないよ、めっ!」
「ん?」
夏樹が褒めたのに、なぜか雪夜は頬をぷくっと膨らませた。
かなりご立腹で、拳を握りしめてぶんぶん振りながら眉間に皺を寄せて一生懸命文句を言う雪夜が可愛い。
じゃなくて……!
「ごめん、雪夜くん。ちょっと解読するからもう一回言ってもらっていいですか?」
「あぁ、たぶん、召喚しようとしたのになっちゃんが来てくれなかったから怒ってるんじゃない?いっちゃんたちが昨日雪ちゃんを寝かしつけようとしたら、ずっとなっちゃんを探して名前呼んでたって言ってたからね」
召喚って裕也さん……?俺のこと何だと思ってるんですか……
でも……
「あ゛~……ゴメンナサイ」
夏樹は雪夜にペコッと頭を下げた。
寝る時に俺を呼んでくれてたんだ?
佐々木たちや斎さんがいても、俺がいないとやっぱりダメ?
俺もお手軽だよなぁ~……たったそれだけで顔がにやけるなんて。
「ごめんね、すぐに行ってあげられなくて……」
「……にゅ~ 、ちて!」
「はい!ぎゅぅ~!……ぅ゛っ……」
むくれながらも雪夜が甘えて来たのが嬉しくて、肋骨にひびが入っていることなど忘れて強く抱きしめていた。
大丈夫……痛くなんか……いや、痛いのは痛いけど……いいよ、この痛みさえ幸せだし……!!
***
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