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夜明けの星 6-42(夏樹)

 ――夏樹が入院してから数日。  斎たちから雪夜も一緒に入院させると聞いた時は驚いたが、たしかに夏樹自身も雪夜がまだ他の人たちが鬼に見えているのかどうかは気になっていた。  別荘から改めてここに来るとなると腰が重いが、もう来てしまっているのだからついでに入院していろいろと検査しておくのもいいかもしれないと思い、夏樹も納得した。  ただ、雪夜にとってはこの病室、この病院自体はあまり良い思い出のある場所ではないせいか、やっぱりちょっと落ち着かないらしく、ケガをしている夏樹に負担がかからないようにと隆文が雪夜用にもう一つベッドを用意してくれたにも関わらず、雪夜はずっと夏樹のベッドに上がり込んで隣でゴロゴロしている。  因みに、雪夜用のベッドは、泊まり込んでくれる兄さん連中が喜んで使っている。  夏樹は隆文と斎と三人で話し合い、ちゃんと雪夜の状態がわかるまでは念のため、この部屋に来る医師や看護師は、以前入院していた時に雪夜の世話をしてくれていた人たちに限定してもらうことにした。   ***  少し雪夜が落ち着いてきた三日目に、時間を空けながら数名だけ雪夜に会わせてみた。    隆文や他の医師、看護師たちを見た雪夜の反応は、やはり以前とは違っていた。  雪夜は、白衣やナース服に怯える様子はあったが、相手が鬼に見えて怖がっているという様子ではなく、以前のように顔を見るなり恐怖でパニックになる……ということはなかった。  だが、もう鬼には見えていない、というのはただの推測でしかなく、実際のところ今どう見えているのかは雪夜にしかわからないのだ。  つまり、いつまたパニックになってもおかしくはない。  言語訓練の先生には初めて会うため、言語訓練は特別に先生に部屋に来てもらってすることになった。  それは別にいい。  部屋でしてくれた方が雪夜もリラックス出来るし、言語訓練には広い場所は必要ないからだ。  それよりも困ったのは身体機能の方のリハビリだ。  前回は夏樹が一緒にリハビリルームまでついて行っていたが、今回夏樹は背中全体にパイプが降って来たせいで、背骨や筋も痛めているらしく、医師曰くまだ安静にしていなければいけないので、しばらくはベッドから動けない。 「雪ちゃん、斎さんとじゃダメか~?」 「ぃやんよ!!」 「雪夜くん、いつもと一緒でガク先生が、イッチニッ!ってするからね?終わったらすぐまたここに連れて帰ってきてあげるから、ちょっと一緒に運動しに行こう?」 「ぃやんよ!!なちゅしゃんもっ!」 「ぅ~ん……夏樹はここから動けないんだよな~……」 「ゆちくん、なちゅしゃんいっしょよ!」 「ぅ゛っ……」  斎と学島が二人で誘うが、雪夜は夏樹も一緒じゃなきゃイヤだと言って、夏樹にギュッと抱き着いた。  雪夜~!嬉しいけど、そこちょうど肋骨!!ちょっと力緩めて~……っ!! 「あ゛~~~……ちょ、ゲホッ……斎さん、タブレット!」 「ん?ほいよ」  斎からタブレットを受け取ると、夏樹はもう一個のタブレットと画面を繋いだ。 「はい、雪夜。これなら俺の顔が見えるでしょ?」 「なちゅしゃん?」 「うん、ほら、こっちの画面見て?」 「あ!なちゅしゃ~ん!」  画面に向かって手を振ると、雪夜も画面の中の夏樹に手を振った。 「はぁ~い!」 「なちゅしゃん、しゅご~いね~!」  雪夜が画面に夢中になったので、斎と学島にチラッと目で合図をすると、斎がそっと雪夜を抱き上げた。  実はこの手、今までにも何回か使ったことあるんだけど、雪夜忘れてるな? 「雪夜~!ここからちゃんと見えてるからね!別荘にいる時と同じだよ?ちゃんと傍にいるよ。だから、今日も学島先生と一緒に頑張って歩いておいで?」 「なちゅしゃん、ろこ?」  雪夜は、斎に抱っこされて廊下に出たところで、夏樹がいないことに気付いた。 「夏樹さんは、ここにいるよ。大丈夫、雪夜のことちゃんと見えてるよ~!」 「なちゅしゃん、らっこぉ~!!」 「ん~……抱っこはリハビリ終わってからね」 「……にゅ~も?」 「うん、終わったらいっぱいしてあげるからね!」  雪夜はちょっと瞳が潤んでいたが、ひとまずは納得してそのまま斎に抱っこされてリハビリ室まで移動した。  リハビリ室に着くと、学島とリハビリを始めた雪夜に夏樹の顔が見えるように、斎がすぐ傍でタブレットを持ってくれていた。  そのため、画面越しの夏樹にも雪夜がリハビリをしながら涙をグッと堪えている様子がよくわかった。  夏樹は、雪夜がリハビリしている間、ずっと声をかけ続けた。  少しでも黙ると、そのまま雪夜が泣きだしてしまいそうだったからだ。 「な~~ちゅしゃあああん!?」 「はいはい!いるよ~!ちゃんと見てるよ~!」 「なちゅしゃん、……っ……にゅ~よ!?」 「うんうん、後でいっぱいぎゅ~してあげる」 「らっこもよ!?」 「うん、もちろん、抱っこもね!――」  いやもう……俺の方が泣きそうなんだけど……!?  すぐそこで雪夜が夏樹を呼んでいるのに、駆けつけて抱きしめてやれないことがもどかしい……  あ~くそっ!さっさと動けるようにならないと、これが毎日とか俺の喉と心臓が持たない!! ***

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