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夜明けの星 6-43(夏樹)
「はい、え?……あ~、わかりました。じゃあ僕が行きま~す!……なっちゃん、ちょっと行ってくるね~」
「はーい」
看護師に呼ばれて裕也が部屋を出て行った。
「ぅ~ん……」
「はいはい、大丈夫。もうちょっと寝てていいからね」
夏樹は自分の隣で寝ている雪夜の背中をトントンと撫でた。
***
あの後……雪夜はリハビリから帰って来るなり泣きだしてしまい、それからはずっとご機嫌斜めで夏樹から離れなくなった。
そんな雪夜の状態を見て、その場にいた誰もが、夏樹が一緒に行けるようになるまで次のリハビリは無理だろうと思った。
だが、予想に反して、翌日学島が部屋に来ると、雪夜は少しぐずったものの、また泣くのを堪えつつタブレットを抱えてリハビリに向かった。
まぁ……部屋を出る時には、帰ってきたら覚えてろよ!?と言わんばかりに思いっきり恨めしそうな目で見られたが……
そういえば、以前も雪夜は泣きながらリハビリしてたっけな……
リハビリを始めた頃、雪夜は身体に触れられるのを怖がって怯えて泣きながらも、傍らにいる夏樹の手を握って、歯を食いしばって耐えていた。
雪夜の手が震えていたことや、爪が食い込むくらい握りしめられていたことを思い出す……
別荘に行って学島に担当が代わってからも、どんなにグズグズになっていてもリハビリはちゃんと受けていた。
雪夜はリハビリの先生やリハビリが嫌いだったわけじゃない。
ただ、鬼が怖かったのだ。
普通に考えれば、誰だって怖い鬼に身体を好き勝手触られるのは恐怖でしかないだろう。
そう考えると、雪夜は本当によく耐えたと思う。
雪夜はいつだって俺らの想像以上に頑張っている……
「なぁ~ちゅしゃ~ん……」
「ん?なぁに?……って寝言か」
名前を呼ばれて思わず返事をしたが、雪夜はまだ眠っているらしい。
「ぅ゛~……にゅぅ~……ちて……めっ!ょ……――」
……寝言で俺に文句言ってる?ってことは、俺の夢見てる?
夏樹は、正座をして雪夜に説教されている自分を想像してちょっと苦笑すると、むにゃむにゃと文句を言いながら唸っている雪夜を軽く抱き寄せた。
「今日も一緒に行ってあげられなくてごめんね。よく頑張りました。ぎゅぅ~!」
***
泣くのを我慢しながら必死の形相でリハビリをしている雪夜は、かなり精神的に疲弊している。
リハビリの内容的には別荘にいた時と変わらないはずなのに、最近は部屋に戻ってくると、無言で夏樹のベッドに倒れ込み、そのまま数時間爆睡するようになった。
その姿はまるで、残業続きで寝るためだけに家に帰っている社畜だ。
このままだと、雪夜の精神状態的によろしくない。
早く治さないとな……
「……ん?どうぞ?」
夏樹がため息を吐いた時、扉をノックする音がした。
看護師かな?
裕也なら、ノックして夏樹の返事を待ってから入るようなことはせず、開けながら「入るよ~」と声をかけてくるからだ。
ところが……
「なっちゃん、今ちょっと入って大丈夫?」
「あれ?はい、大丈夫ですよ?」
扉を少し開けて室内を窺いつつ顔を覗かせたのは、その裕也だった。
「じゃあ、中にどうぞ~」
裕也が一旦顔をひっこめて、誰かと話す声がした。
なんだ?誰が来たんだ?
裕也がこんな行動を取る時は、何かあるということだ。
今の言い方と表情は、ちょっと面倒なことがある時のものだった。
夏樹は一瞬で気を引き締めると、雪夜を抱きしめる腕に力を込めながら、ベッドをリクライニングさせて上体を少し起こした。
***
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