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夜明けの星 6-45(夏樹)

 夏樹が入院してから10日間程経った。  雪夜は、もともと喋れていたこともあってか、基礎やコツを掴むと、発声も発音もしっかりしてきて、あっという間に語彙も増えた。 「なつきしゃ……な、つ、き、さ、ん!」 「ん?どうしたの?」  ベッドから下りて何やらゴソゴソしていた雪夜が、ニョキっと顔を覗かせた。 「たべていいですか~?」  どうやら冷蔵庫に入れてあったチョコを物色していたらしい。  個包装された小さいチョコを指先でつまんで夏樹に見せて来た。 「う~ん、じゃあ一個だけね。もうちょっとしたらご飯だからね」 「え~……?」  夏樹が肩眉をあげてちょっと笑うと、雪夜が不満そうに口唇を尖らせた。 「今日は(たかし)さんがご飯持って来てくれるって言ってたよ?食べないなら俺が全部食べるけどいい?」 「え!?たかしゃん!?たべる!ゆきやもたべましゅ!ちょこしゃんバイバイ!」  雪夜は手に持っていたチョコを慌てて冷蔵庫に戻し、ベッドに戻って来た。  さ行は難しいのか、慌てるとやっぱり発音が怪しくなる。  可愛いからいいけど! ***  入院中、夏樹たちは病院食ではなく、斎たちが持って来てくれるお弁当を食べている。  最初は病院で食事を出してもらっていたのだが、普段は夏樹たちがいろいろと工夫して雪夜が食べやすいご飯を作っていたせいか、病院の食事はいまいちお気に召さなかったらしく、雪夜が全然食べてくれなかったのだ。  「どうせ雪ちゃんのことだから、病院の食事は食わなかっただろ?」と、それを見越していた斎が、隆と交替で一日三食、別荘で作っていたような食事をお弁当にして持って来てくれることになった。  隆は店があるので持ってくるのは無理だが、作ったのを誰かに届けてもらうことは出来る。  「弁当屋みたいだな」と二人とも楽しんでいるらしく、メニュー表を作って毎日違うメニューになるようにしてくれているらしい。  今日は隆が担当の日で、入院してから初めて隆自身が持って来てくれることになっている。  ちなみに、夏樹は別に病院の食事でも食えるのだが、どうせなら夏樹も美味しい弁当を食べたいので、「同じものを食べないと雪夜が食べてくれないので!!」と言い切って一緒に作ってもらっている。  雪夜は言語訓練の時に嚥下(えんげ)訓練もしてくれているので、だいぶ噛む力もついてきたし、飲み込むのも上手になってきたせいか、食べられるメニューも増えてきた。  雪夜がご飯を楽しみにしてくれるようになったのは嬉しい限りだ。 「たかしゃ~んご~は~んはなぁ~にかなぁ~?」  雪夜がふんふんと適当なメロディーをつけて口ずさみながらお絵描きボードで字の練習を始めた。  ちょっとメロディーをつけた方が発音しやすいようで、最近はひとり言にもこうやってメロディーをつけて歌っているので、雪夜が喋る度にひとりミュージカル状態だ。  雪夜が楽しそうに話すので、夏樹もたまにつられそうになるし、兄さん連中に至っては、完全に雪夜につられて一緒にミュージカルをしている時もある。  前回入院していた時は、雪夜が周囲の人間に怯えていたので、何だかんだで兄さん連中もピリピリしているところはあったが、今回は雪夜が兄さん連中に怯えないので、兄さん連中も別荘にいる時のように賑やかだ。  おかげで、雪夜もご機嫌で、兄さん連中が来るとテンションが高い。 「で~きたっ!なつきしゃ~ん!みて~!」 「ん?なになに?『ご』『は』『ん』か。上手に書けてるね~」 「あい!」  得意そうに笑うと、雪夜は今度は『おにぎり』や『うどん』と食べものの名前を練習していた。  最近はひらがな以外にも、カタカナや簡単な漢字も練習している。  言葉が出るようになると、なんだかいろんなことが一気に成長……いや、雪夜の場合は回復?してきて、驚かされる。  早く元の雪夜に戻って欲しいと思う反面、ちょっと淋しい…… 「ぃい~しやぁ~きいも~!おいも!」 「……」  雪夜……ごめん、ちょっと感傷に浸らせて……? 「ぶふっ!……だめだ、吹いちゃった。あははは、ちょっと雪夜、今の誰に教えてもらったの~!?」 「こーじしゃん!」 「あ~……」  夏樹の感傷をぶち壊した懐かしのフレーズは、浩二が教えたらしい。  兄さん連中の中でも一番雪夜と“なんちゃってミュージカル”をしているのは浩二だ。   「秋になったら、焼き芋して食べようね」 「あい!」 ***

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