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夜明けの星 6-48(夏樹)

「なっちゃん大丈夫~?」 「あ、忙しいのにすみません、裕也さん」  1時間ほどしてやってきた裕也に、佐々木が小声で応対する。 「ううん、僕は忙しくないんだけどね~。ただ、いっちゃんは忙しくてすぐには来られないから、代わりにマコっちゃん連れて来たよ~」 「こんにちは」  裕也の後から工藤が顔を出した。 「ああ、お久しぶりです、工藤先生」 「雪夜くんの状態は?」 「今は夏樹さんとベッドで横になってます。今さっき、ようやく泣き疲れて寝ました」 「そうですか……それじゃあ、佐々木くん、詳しい状況を教えてください」 「え~と……」   ***  雪夜はあれからしばらくの間パニックになっていた。  車椅子に座った状態だと上手く抱っこが出来ず、なかなか落ち着かせられないため、途中で夏樹は佐々木と相川に手伝ってもらってベッドに移動したのだが、その間も雪夜はぎゅっと抱きついて離れなかったので、ベッドにあがるのが一苦労だった。  元気な時なら軽々抱き上げられるのに……  裕也たちが来てくれた時は、ちょうど雪夜が泣き疲れて寝たばかりで、夏樹も疲れてうとうとしているところだった。 「なっちゃん、大変だったね。背中大丈夫~?」  佐々木が工藤に詳細を話している間に、裕也が雪夜を起こさないようにそっと夏樹に話しかけてきた。   「思い出したら痛くなってきました……」  さっきまで雪夜のことで頭がいっぱいで背中の痛みはほとんど感じなかったのに、裕也の顔を見てホッとした途端に徐々に痛みが増して来た。  あ、ヤバい……マジで痛い…… 「あちゃ~……じゃあ、もっかい忘れちゃえ!」 「ええ~?」  そんな無茶苦茶な…… 「あははは、冗談だよ!よしよし、痛いの痛いの飛んでけ~!」  裕也がケラケラ笑いながらも、夏樹の背中を擦ってくれた。    あの、裕也さん!?擦るならもうちょっと優しくっ!!痛いっ!!力強すぎっ!! 「注文が多いなぁ~、まったくもう!……それで?雪ちゃん、ねぇねの事思い出したんだって?」 「あ~……はい、多分。ほとんど聞き取れなかったんですけど、俺に向かって何回も「ねぇね、おにさん、あっち」って言ってたので……」 「今回雪ちゃんは、看護師や医師も鬼には見えなくなってたんだよね?」 「そのはずです。前とは反応が違っていたので……だけど、俺が看護師と出て行こうとしているのを見て、犯人が姉を連れていっているところがフラッシュバックしたみたいですね」 「そっか……っていうか、ちゃんと雪ちゃんに検査に行って来るって言った?」 「あ~……それが……佐々木たちがいたので、あいつらに任せてそっと抜け出そうと……」  入院してからの雪夜は、自分のリハビリの時だけは我慢して夏樹と離れて頑張っているが、逆に言えばそれ以外は何があっても絶対傍を離れません!!という状態なのだ。  言い聞かせようとしてもこれだけは全然言うことを聞いてくれず、夏樹の検査についてくると検査室にまで一緒に入りたがるので、普段は雪夜が寝ている隙に部屋を出て、急いで検査をして部屋に戻っていた。  ただ、今日は佐々木たちが来ていたので、雪夜のお気に入りの佐々木たちがいれば少しの間くらい大丈夫かなと思って、遊びに夢中になっている間にそっと…… 「あ~ららぁ~……バカだねぇ~」 「知ってます……」  自分でもバカなことをしたと思う。  まぁ、正直なところ、この方法がうまくいくとは夏樹も思っていなかった。  雪夜に気付かれたら、その時にはなんとか言い聞かせて佐々木たちに預けようと思っていたのだ。  それがまさか、姉のことを思い出すとは……  だって、俺と姉は似ても似つかないだろう!?幼女とおっさんだぞ!?  単純に、俺が連れて行かれようとしている=姉が鬼に連れて行かれようとしている、に繋がったってことなのだろうが…… 「たしかにね~……雪ちゃんが今までねぇねや犯人のことを口にしたことはなかったもんねぇ~」  入院してからも、雪夜はやっぱりうなされていた。  ただ、目を覚ますとそのことは忘れていて、これだけ言葉が出るようになってからも夢の話しをすることはなかった。  だから、油断していたところはある。  油断……とは違うか……  雪夜が回復していくにつれて、記憶が表に出て来る可能性は多いにあった。  慎也にもそのことは指摘されていたし、工藤や斎も危惧していた。  ……語彙が増えて、身体機能も回復して、全てが順調に見えていたので、このまま何もかもよくなっていくと……思いたかっただけだ……  俺が……そのことから目を逸らしたかっただけだ…… 「そうだね、なっちゃんの現実逃避が招いた結果だね!!」 「はい……」 「じゃ、これからはちゃんと考えて動くように!っていっちゃんからの伝言」 「はい……」 「え~と、それから、過去のことを思い出したってことは、またしばらく不安定になるかもしれないし、他の人間が鬼に見える状態に戻る可能性もあるから、看護師や医師が部屋に入る時は注意が必要だってさ」 「それについては私も同意見です」  佐々木から話を聞き終わった工藤が、裕也の言葉に反応して会話に入って来た。 「ひとまず、しばらくは雪夜くんをあまり刺激しない方がいいですね。今まで夢の中で処理していた記憶が表に出て来たってことは、情報処理能力がパンクしかけているのかもしれないですし……たぶん、夢と現実が混じりあって混乱すると思うので、幻覚や幻聴の症状が出てもおかしくないかと――」 「そうですね」  斎や工藤が危惧している内容は、もう何度も話し合っていたので夏樹にもわかっている。  だが今は…… 「裕也さん……」 「なぁに~?」 「もうちょっと優しく撫でて……マジで痛いっ……」 「優しくしてるじゃんか~!」 「いや、強いですってっ!!」 「仕方ないなぁ、雪ちゃん寝てるし、今のうちに痛み止め打ってもらう?」 「ふぁ~い……」  痛みがひどいと頭が回らない。  夏樹は薬が効きにくい体質なので、強めの痛み止めを打ってもらってようやく少し動けるようになった。 「大丈夫?」 「はい、何とかマシになりました」 「よし、それじゃなっちゃんも寝なさい」 「え?」 「安静にしてないとまた酷くなるよ?雪ちゃんが目を覚ましたらなっちゃんが相手してあげないとダメなんだから、今のうちに一緒に寝ておきなさい!」 「でも、これからどうするか考えないと……」 「それは僕たちで考えておきます!おバカななっちゃんが今出来ることは寝ること!ほら、おやすみ~!」 「え、ちょ……ぅぷっ!」  裕也に無理やり布団をかけられ、笑顔で背中をポンポンと叩かれた。 「ぅ゛……っ!」 「お・や・す・み!」 「オヤスミナサイ……」  裕也の圧に負けて、結局夏樹は雪夜が起きるまで一緒に数時間爆睡した。 ***

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