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夜明けの星 6-49(夏樹)

 目を覚ました後の雪夜は、夏樹たちの予想に反して落ち着いていた。  落ち着きいた。  パニックになることはなく、むしろ驚く程に静かで、ほとんど声を出さなくなった。  相変わらず夏樹の傍にはいるが、一人でベッドの上で膝を抱えてボーっと壁を見つめていることが増えた。  そして、一日のほとんどは眠って過ごす。  一見、普通に見えるが、今までの雪夜の状態から考えると、どう考えても異常。  話しかけると、一応反応は返すが、無表情だ。  夏樹は、この状態の雪夜に覚えがあった。  昏睡状態になる以前、雪夜は不安定になるとよくこんな風に無表情でボーっとしていた。  違いは……夏樹に抱きついてこなくなったこと。  以前は不安定になっていてもドロッドロに甘やかしてやると、数日で元に戻っていたのだが、今は…… *** 「雪夜?起きたの?」 「……」  仕事をしていた夏樹がタブレットを横におきながら声をかけると、隣のベッドに寝ていた雪夜がボーっとしたまま起き上がった。   「おはよ。おいで、ぎゅ~させて?」 「……」  前なら喜んできてくれていたのに、雪夜はゆっくりと視線を動かして両手を広げている夏樹を見ると、フッと視線を落とした。 「……ダメ?」 「……」  夏樹が淋しそうに微笑むと、雪夜は少し視線を泳がせて申し訳程度に指先だけそっと握ってきた。   「……雪夜?イヤならイヤって言っていいんだよ。別に怒らないし、それくらいで嫌いになったりしないから」 「……ん」  夏樹の言葉に雪夜が少しホッとした顔で頷いた。  え~と……つまり、ぎゅ~はイヤってこと?  現在、雪夜は昼寝をする時は隣のベッドで一人で寝ている。  夜も最初は隣のベッドで寝る。  だが、うなされて目を覚ますと、寝惚けながら夏樹のベッドに潜り込んでくる。  朝になるとまた隣のベッドに移動するが、一応無意識に夏樹に引っ付いて来てくれるってことは、嫌われてはいないらしい。  うん……これくらいで怒らないし、嫌いになったりしないよ……  ただちょっと夏樹さん淋しくてしにそうなだけだよ……  すぐ隣にいるのに、雪夜不足で泣きそう……  雪夜がこんな調子なので、リハビリも一旦休止中だ。  まぁ、身体機能の方はほとんど回復しているので、もう毎日しなくても大丈夫だろう。  言語の方は……雪夜が口を閉ざしてしまったのでどうしようもない。  せっかく表情も言葉も増えて、笑顔が見えるようになってたのにな~……  夏樹は、何をするでもなく壁を見つめる雪夜の横顔を、複雑な想いで眺めていた。 *** 「うん、だいぶ調子良さそうですね」 「……おかげさまで」  診察を終えた夏樹は担当医師に苦笑いをした。  あれから夏樹は、雪夜を抱っこするどころか抱きしめることさえほとんど出来ていない。  唯一抱きしめられるのは、夜ベッドに潜り込んで来た時だけだ。  雪夜の精神状態がまだはっきりしないため、ほぼ夏樹と二人きりで過ごしているのだが、雪夜は一日中寝ているかボーっとしているかなので、夏樹も同じように寝て過ごすしかなく……結果的に安静に出来ているので、肋骨も痛めている背中もだいぶ調子がいい。  身体は休まるが、精神(こころ)は全然休まらない。  以前とは逆だ。  むしろ、ストレスで(すさ)んでいる。  とはいえ、早く治れば雪夜がまたパニックになった時にちゃんと抱きしめてやれるので、今は夏樹も安静にして身体を治すことに集中するようにしている。   「雪夜くんの様子はどうですか?」 「相変わらずです……さっきも、俺が検査に行くって言っても、ちょっと頷いただけでした」  夏樹は雪夜が寝ている間に検査や診察を受けていたのだが、雪夜が今の状態になってから二週間程経った頃、反応を見るために、雪夜が起きている時に「ちょっと検査に行って来るね。すぐに戻って来るから、その間は斎さんと待っててくれる?」と伝えてみたところ、雪夜はあっさりと頷いたのだ。  一瞬……  え、もしかして俺って必要ないの?  いなくてもいいってこと?  っていうか、むしろ、俺とは一緒にいたくない?  と、雪夜の反応に思わず心の中で泣きそうになったが、雪夜は固まっている俺の服の裾を軽く引っ張ると、小さい声で「……まってりゅ」と呟いた。  待ってる……ってことは、戻って来て欲しいってこと……?  一応、俺とは一緒にいたいって思ってくれてるのかな? ***  それからも、夏樹が検査で部屋を出ても特に引き止めたり一緒に行くと駄々をこねることはなく、斎や裕也たちと大人しく部屋で待ってくれている。  夏樹が部屋に戻ったところで、別に喜んで抱きついてきてくれるわけでも、置いて行ったと拗ねるわけでもない。  ただ、「ただいま」と言うと、チラッと夏樹を見て、少しだけホッとした顔で小さく頷く。  雪夜は今のところ、兄さん連中が部屋に入って来ても嫌がりはしないが、やはり何も反応をしないので、兄さん連中もさすがに今の雪夜にはどう接すればいいのか考えあぐねているようで、とりあえずしばらくはそっとしておいた方がいいだろうと、今はほぼお弁当を持ってくるだけになっている。    雪夜は、斎と隆が作ってくれたお弁当はちゃんと食べてくれるので、それだけが救いだ。  食欲があるのはいいことだ。  ちゃんと食べて、ちゃんと寝てくれてさえいれば……  とりあえず、今はそれで十分だ。  今は……ね…… ***  

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