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夜明けの星 6-52(夏樹)
「あれ?また寝たのか?」
「ですね……」
雪夜が静かになったので、斎が振り返った。
夏樹が雪夜とじゃれている間、斎は夏樹のベッドにノートパソコンを置いて仕事をしていたのだ。
「ベッド起こすか?」
「あ、ありがとうございます」
斎がベッドを起こしてくれたので、雪夜を抱きしめたままそっと後ろにもたれかかった。
「はあ~、びっくりした……。あんなに大きい声聞くのも、あんなに喋るのも、……抱きしめるのも……久しぶりですよ……」
「そうみたいだな」
大きく息を吐いた夏樹を見て、斎がフッと笑った。
「いや、ホントに、ずっと朝の挨拶くらいしか返してくれなかったんですよ!?」
「わかってるよ。俺らにも何も喋ってくれなかったからな。俺らには挨拶さえしてくれなかったぞ?」
斎がちょっと口唇を尖らせて肩を竦める。
この二か月間の雪夜の様子は、兄さん連中にも結構なダメージを与えていたらしい。
「俺、いつも雪夜が起きると、「おはよう、ぎゅ~させて?」って聞いてたんですよね。それがテンプレみたいになってて……寝起きの寝惚けてる時なら、もしかしたら来てくれるかな~とか思って……まぁ、ずっと拒否られてたんですけど……」
後で斎に聞いたところ、この時の夏樹はいつもよりも口数が多くなっていたらしい。
自分ではそうは思っていなかったが、夏樹は、雪夜の突然のデレに驚いて、かなり興奮していたようだ。
「やっぱりホントはお前に抱っこしてもらいたかったってことじゃねぇの?だいたい、今の精神状態なら雪ちゃんだって、お前に甘えられないのはキツイだろうし?」
「そうなんですかね!?」
ホントは甘えたかったの!?
そうだったら嬉しいけど……いや待って、複雑!!
じゃあ、なんで拒否ってたんだ!?
「さぁな……でもまぁ、雪ちゃんが拒否ってくれたおかげでケガが治ったんだし、良かったじゃねぇか」
「それはそうですけど……」
「っつーか、案外……雪ちゃんは、お前のケガに気付いてて、治るまで我慢してただけだったりして?」
「……え?」
いやいやいや、まさか……だって、あの時まで雪夜は普通に抱きついてきてたし……
「うん、だけど、考えてみたら、ずっと一緒にいるんだぞ?聡い雪ちゃんがお前の体調の変化に気付かないわけがないだろう?」
「あ~……」
まぁたしかに……別荘にいる時も、夏樹の具合が悪いとすぐに気づいていたくらいだし……
「だから、薄々は気づいてたんじゃないか?」
「じゃあ、どうして突然……?」
「ん~……俺はその時いなかったから推測でしかねぇけど、お前が連れて行かれるのを見て姉のことと重なってパニックになったって言ってたけど、ちゃんとお前だってこともわかってて、このままだと鬼に連れて行かれるから、早く元気になってもらわないとって思ったのかもよ?」
本人に聞いていないので、本当のところはわからないが……でも……
「百歩譲ってそうだとしてですよ?」
「お前に百歩も譲られる覚えはねぇよ」
「すみません。えっと、仮にそうだとして、なんで俺を拒否る方向になるんですかね?」
「そりゃ……俺らが『早く治したかったら安静にしてろ、ちゃんと寝てろ、動き回るな』って言ってたからじゃね?」
「え~……?」
あぁ、そう言われてみれば、兄さん連中にはよく言われてたけど……
でも、そういう話は兄さん連中も雪夜が起きている前ではしないように気を付けてくれていたのに?
「そりゃまぁ、寝てると思っても実際は完全に寝てなくて声が聞こえてたってこともあるかもだしな」
「そっか……」
ってことは、つまり……
俺が鬼に連れて行かれないようにするには、早くケガを治さなきゃいけない。
ケガを治すためには安静にしなきゃダメだから、抱きつくのを我慢してたってこと?
「ま、今のはただの推測だ。本当のところはわかんねぇよ?単に倦怠期的な感じで、お前に飽きたのかもしれねぇし?」
「ええっ!?」
倦怠期ぃ~!?
うっそ……倦怠期になるの早くねっ!?
「え、ちょ、雪夜~~~!?どういうこ……痛 っ!」
夏樹が思わず雪夜を揺り起こそうとしたところ、すかさず斎に頭を叩かれた。
「こら、起こすなバカ!冗談に決まってんだろ!」
「だってぇ~~……」
斎さんが言ったんじゃないですかぁああああ!?
「お前なぁ、四六時中一緒にいないとダメな時点で倦怠期なわけねぇだろ!!」
斎が呆れ顔で夏樹の額を指で軽く弾いた。
「ぅぐっ……!?」
だから!!斎さんのデコピンはマジで痛いんですってばっ!!
「ひとまず、抱きついてくれるようになったなら良かったじゃねぇか。言葉も出てるし」
「あ゛~~~っ……ふぁぃ……これが明日も続けばいいですけどね……」
「そうだな……まぁ、これで不安定になってるのもちょっとはマシになればいいけど……お前を拒否ってたのと、不安定になってるのとはまた別問題だからなぁ……」
「ですね……」
夏樹は額を撫でながら、爆睡している雪夜の寝顔を見て軽くため息を吐いた。
***
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