443 / 715

夜明けの星 6-54(夏樹)

「んん゛……え~と、雪夜、今って……何歳かわかる?」  雪夜が落ち着いたところで、一応聞いてみる。 「なんしゃい……?えっと……」  雪夜が困った顔で視線を泳がせた。  ん~……まぁそうだよね~……  雰囲気や表情、話し方からすれば、同棲を始めた頃に不安定になっていた雪夜の状態と似ている。  つまり……一応実年齢に近い状態だけど、でも精神年齢は不安定で……あ~ややこしい!! 「俺のことはわかる?」 「なつきしゃん……さ、ん」  自分で滑舌が悪いことに気付いたらしい。 「もう一回呼んで?」 「?……なつきしゃ……な、つ、き、さ、ん!」  雪夜が思い通りにならない自分の舌にイラっとしながら、ゆっくりと言い直した。    雪夜って結構負けず嫌いなところがあるんだよな~。  まぁ……だから鬼に囲まれていてもなんだかんだで自分を保てていたのだろうけれど…… 「あはは、うん、さ行が発音難しいよね。しばらく喋れなかったから舌の動きが悪いんだよ。喋れなかった時のこと覚えてる?」 「え?……あの……」  雪夜が眉間に皺を寄せて、小首を傾げた。 「あ~……いや、うん……いいよ。何でもない。気分悪いとか頭痛いとかない?大丈夫?」 「だいじょー……ぶ……?」 「そか。ならいいよ」  うん……これ以上は余計に雪夜を混乱させるだけだな。  無理に聞き出そうとして変に記憶を刺激すると、雪夜に負担がかかってしまう。  とりあえず、今は様子を見ていくことにしようか。  でも、あの頃の状態ってことは…… 「よし!ゆ~きや!おいで?」 「あ……はい」  ちょっと照れつつも、今度は素直に抱きついて来てくれた。  あの頃の状態なら、ドロッドロに甘やかしちゃっていいってことだ。  だったら……二ヶ月我慢した分、覚悟してもらおうか?   *** 「お~……?これは久々に見る光景だな」 「あ、斎さん」  夏樹が雪夜を抱っこした状態で仕事をしていると、昼食を持って来てくれた斎が部屋に入って来るなり二ッと笑った。 「今日の雪ちゃんはどんな感じ?だいぶ(年齢が)上がったか?」 「そうですね、たぶん、通常状態の不安定状態くらいですね」 「あ゛?……あ~……なるほど。んじゃ、客船の件の後みたいな感じだな」  さすが、斎は飲み込みが早い。   「様子は?」 「ん~……今朝は……」  今朝の様子を話すと、斎はちょっと考え込んだ。 「うん……まぁ、そうだな。今は下手に刺激しない方がいいかな。不安定な状態には違いないし、記憶が混濁してるから……雪ちゃんにとっては今の状態が、脳を休めるのにちょうどいいのかもしれねぇな」 「ですね」 「さてと、雪ちゃん、昼飯食うか?斎さんが作って来たんだぞ~!」 「!?」  斎が作ったと聞いて、夏樹に抱きついてウトウトしていた雪夜がちょっと顔を上げた。 「お、やっと顔が見えた。雪ちゃん、斎さんわかるか?」 「いつきしゃ……さ、ん」 「うん、雪ちゃんおいで。飯食おう!」 「……?」  斎が手を広げると、雪夜がちょっと戸惑った顔で斎と夏樹を交互に見た。 「なつきしゃんは?」 「ん?あぁ、俺も一緒にお昼ご飯食べるよ?」 「ごはん?」 「斎さんのお弁当おいしいよ?雪夜も一緒に食べよう?」 「……うん」 「よし、いい子だ」  この状態の時の雪夜はあまり食べてくれないことの方が多いので、自分から食べる気になってくれるのは嬉しい。   「う~ん、やっぱりこの状態だと斎さんには気軽に来てくれねぇんだよな~……」  斎がちょっと残念そうに苦笑いをした。 「……あの……いたらきましゅ」  斎の存在を思い出した雪夜が、斎にペコリと頭を下げた。   「はははっ!はいよ。さてと、どっちで食う?」  斎がポンポンと雪夜の頭を撫でると、持ってきた保冷バッグから弁当を取り出した。 「あ、そっちで食います」  夏樹は雪夜を抱っこして、ベッドの横のソファーセットに移動した。   *** 「はい、雪夜、あ~ん!」 「あ~ん」 「雪ちゃん、お味はいかがかな?」 「ん!お~いし~!」  斎の手作り春巻きを食べた雪夜が、ふにゃっと笑った。  おっ!?笑った!! 「よしっ!!」  久々に雪夜の笑顔を見て、斎と夏樹が同時に小さくガッツポーズをした。  んん?  お互い顔を見合わせて思わず吹き出す。 「いや、なんで斎さんまでそんなに喜んでるんですか!?」 「そりゃ、俺の弁当食って笑ってくれたら嬉しいに決まってんだろ。なぁ雪ちゃん?ほら、これも食べてみて?」  斎が、ニコニコしている雪夜の口に、野菜の肉巻きを放り込んだ。 「なつきしゃん、おいし~ね!」 「うん、美味しいねぇ!」  雪夜は、機嫌良く半分程食べることが出来た。  この状態でこれだけ食べることが出来れば十分だ。 「雪ちゃん、晩飯は何が食いたい?」 「えっと……う~ん……」 「何でもいいぞ?」 「あのね……なつきしゃんのおむらいしゅ……」 「ん゛っ!?……ゲホッゲホッ!」  雪夜が残した分を食べていた夏樹は、予想外の返答に思わず(むせ)た。 「おいおい、大丈夫か?」 「ゲホッ!……だい……っ……大丈夫」  斎に渡されたお茶を飲んでちょっと落ち着く。 「う~ん、ナツのオムライスな~……さすがにそれは……」 「そう……ゲホッ……ですね」 「ここで作ってもいいなら材料は持ってくるけど、ここで作ったら怒られるよな~?」  ここで!?  いや、うん……斎さんなら普通にコンロとかフライパンとか持ってきそう……  でも…… 「まぁ、病室で調理したら怒られるでしょうね」 「だよな。ごめん、雪ちゃん、今日のところは俺のオムライスで我慢してくれる?」 「うん」 「良かった!」 「……ごめんなしゃい」  斎と夏樹が真剣に考え込んだので、雪夜がしょんぼりと項垂れた。 「あ~雪ちゃんのせいじゃないからな。俺の方こそ、何でもいいぞって言ったのにごめんな~?」 「そうだよ、雪夜のせいじゃないから気にしなくていいよ。退院したら、いくらでも作ってあげるからね!」 「……はい」  雪夜は、夏樹たちの言葉を聞いて、ちょっと困ったような顔で微笑んだ。  あ~……これは気にしてるな……  せっかく笑顔が見えたのにな~……  よし、さっさと退院するか!! ***

ともだちにシェアしよう!