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夜明けの星 6-55(夏樹)
「斎さん、そろそろ退……」
「却下!」
昼食後、お茶を飲みながら斎に「そろそろ退院したいな~……」と言おうとした夏樹の言葉は、全て言い切る前に光の速さで却下された。
「なんでですか!?だって、俺はもう元気になったし、予定よりもだいぶ長く入院してたし……」
「落ち着け。雪ちゃんが起きちゃうだろ!」
「……ふぁぃ……」
夏樹は自分の腕の中で寝ている雪夜の背中をトントンと撫でた。
お昼寝中の雪夜は、夏樹が抱っこしていれば多少大きな声を出したくらいじゃ起きない。
たまに、うるさい!という風にむにゃむにゃと文句は言われるが……
「たしかに予定より長く入院してたけど、お前もまだ完治したわけじゃねぇし、雪ちゃんがリハビリを受けられたのはそのうちの何日だ?」
「ぅ゛……」
「しかも、今の状態だって、安定してるわけじゃない。明日はまた(年齢が)下がってる可能性もあるだろう?」
「……そうですけど……でも、雪夜の状態に関してはここにいればマシになる……とは限らないですし……」
一応、夏樹以外の人間も鬼には見えなくなったらしい、ということはわかった。
状況やタイミングがいろいろ重なると記憶がフラッシュバックすることはあるが、あの日パニックになるまでは、看護師や医師に極度に怯えることもなかった。
でもやっぱり、雪夜にしてみれば病院自体に良い思い出がないので、ここにいることでリラックスできて状態が安定する……とは思えない。
「さすがに俺だって、今すぐ退院できるとは思ってませんよ。ただ、当初の目的だった検査はだいたい済みましたし、後はリハビリだけです。身体機能の方は、引き続き学島先生にみてもらうとして、言語の方は……リモートでしてもらうとかやり方はいろいろあるでしょう?」
検査と言っても、出来ることは限られているし、検査をしたからと言って雪夜の頭の中がどうなっているのかなんて現代医学じゃわからない。
工藤から雪夜の記憶を上塗りした記憶については、どんな内容だったのか確認済みだが、それが雪夜の中でどこまで記憶として残っているのか、どんな風に整理されているのかは本人の口から聞くしかない。
現在の雪夜は年齢の振れ幅が広がっているし、今日なんて、ほぼ通常状態に近い。
だったら、病院を出て雪夜がリラックスして過ごせる場所にいた方が、通常状態に戻る可能性が高いだろう?
「お前の言うことも一理あるな……わかった、工藤たちと相談してみる」
「お願いします」
斎がさっそくタブレットで工藤や慎也たちと連絡を取り始めた。
まぁ、海外にいる慎也たちとは時差もあるし、仕事が忙しいらしいのですぐには連絡が取れないだろうから、早くても話し合いに一週間はかかるだろうな。
それはともかく……せっかく今日は通常状態に近いんだし、また俺に抱きついてきてくれるようになったし……雪夜がお昼寝から起きたら一緒にお風呂入ろう!
夏樹が真剣な表情のままそんなことを考えていると……
「ナツ、またくだらないこと考えてるだろ」
「え!?」
斎がタブレットに視線を落としたまま苦笑した。
「顔に書いてあるぞ」
「うそ!?」
っていうか、斎さんずっと下向いてたのになんでわかったんだ!?
怖っ!!
斎さんの前では変なことは考えないようにしよう……
夏樹は慌てて精神 を無にした。
***
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