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夜明けの星 6-57(夏樹)

 裕也が病室に仕込んでいるカメラの映像は、日々変化する雪夜の精神状態や精神年齢から記憶の整理がどこまで進んでいるのかを考察、分析、研究するのに役立っている。  その中でも、年齢の振れ幅が広がったこの二ヶ月程の雪夜の映像は、工藤たちにとってかなり興味深いものだったらしい。    例えば、今日の雪夜はたぶん年齢的には5~7歳くらい。  年齢(とし)相応に、夏樹や佐々木たちに甘えてくるし、夏樹についていく!とワガママも言う。  遊びのルールをすぐに覚えて応用できる能力がある一方で、チョコにつられる可愛いところもある。  でも、これらは実際のその年齢の時の雪夜とは全然違う。  当時の雪夜はまだ研究所にいたので、人に甘えるどころかほとんど会話もしておらず、ほぼベッドに拘束されている状態だったのだ。    工藤たちは雪夜が昏睡状態から目覚めた当初、『記憶の整理をするために精神年齢が当時と同じ状態に戻っている』と考えていたが、雪夜の反応、態度は当時とは全然違う。  そんな雪夜の様子を分析していくうちに、今の雪夜には、夏樹を始め安心して甘えられる存在がたくさんいるので、『甘えられる存在がいる現在の状態を維持した状態で、辛かった過去に戻って、もう一度過去をことで無意識に記憶の上塗りをしている』のではないかと言う考えに変わった。  そうすることで、混濁した記憶をうまく自分の都合のいい内容にすり替えて行っているのかもしれないと……  それはある意味、諸刃の剣でもある。  ただでさえ混濁しているのに、更に嘘の記憶を増やしているということだ。  これでは、夏樹が工藤に雪夜の記憶を弄るのを止めさせた意味がない。  だが……無理やり一方的な記憶を上塗りされるよりは、雪夜自身が納得して、当時望んでいたであろう内容で上塗りする方がマシかもしれない……  甘えたくても甘えられず、ワガママを言う事さえ出来なかった幼少期――  周囲が鬼になってしまって、誰にも助けてもらえなかった孤独な数年間――  ただ、子どもらしく……年齢(とし)相応の子どもらしく過ごす。  そんな簡単で当たり前のことが出来なかった雪夜が、無意識とはいえ、自分自身で過去の辛い記憶に立ち向かうために選んだ方法が今の状態なのだとすれば……  雪夜が望むままに、思う存分甘えさせてやろう。  子どもらしく過ごさせてやろう。  たくさん、楽しい思い出を作ってやろう。  本来の記憶の重さに耐えきれなくて、また昏睡状態に陥ってしまうよりは全然いい。  ということになった。  これに喜んだのは兄さん連中だ。  この一週間、雪夜は夏樹への態度が戻って来るにつれて、兄さん連中への態度も戻って来て、またちょっと笑顔が見られるようになってきている。  これまでも雪夜には甘々だったが、雪夜がそれを望んでいるとなれば、兄さん連中の甘々っぷりが更に加速するのは必然で……  何やらまた夏樹の知らないところでいろいろと計画を立てているような気配がするのだ。  いや……いいんだよ?  雪夜のためにいろいろと考えてくれて、兄さん連中が雪夜を大事にしてくれるのは嬉しいよ?  でもね?……俺も仲間に入れてよおおおおおおおお!?  なんでいつも俺は仲間外れなんだよっ!?淋しいっ!! ***

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