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夜明けの星 6-58(夏樹)

 約一か月後。 「……でね?お~い、聞いてる?なっちゃん?」 「え?あ、はい!何ですか!?」 「もぉ~!時間ないんだから、ボーっとしてないでちゃんと聞きなさい!」  裕也が顔をしかめて、丸めた雑誌で夏樹の頭を叩いた。 「痛っ!……すみません……」  雪夜には毎回、検査だと嘘をついて出て来ている。  だから、せいぜい1時間以内には戻らなくてはいけない。  時間の概念はまだあまりないはずだが、どの年齢の時でも1時間以上留守にすると雪夜の機嫌が悪くなるのだ。    というか、基本的に工藤たちが専門的な意見を出し合って分析しているだけなので、ぶっちゃけ、夏樹がこの場に出て来る意味はほとんどない。  ではなぜ出て来ているのかと言うと、夏樹と離れている間の雪夜の様子を見るためだ。  よって、夏樹はこの時間……めちゃくちゃ暇なのだ。  早く雪夜のところに戻りた~~~い!!!  そもそも、夏樹も回復したし、雪夜の今後についてもおおよその話し合いは済んでいるので、別に今すぐ退院しようと思えばできるはずなのだが、工藤たちが雪夜の様子を知るためになるべく多くのデータが欲しいと言うので、退院を一ヶ月延期したのだ。  一応、別荘にも裕也カメラは仕込まれているので、別荘での記録も残っている。  だが、別荘は広いので、リハビリ室とリビングでの様子しかわからない。  実際は他にも裕也カメラは仕込まれているが、裕也の独断で、工藤たちに見せているのはその二か所のデータだけらしい。  それに、雪夜の声が出るきっかけになった雪遊びや花見は両方別荘の庭で起きたことなので、残念ながらその瞬間は記録に残っていない。(これについては、工藤たちからかなりブーイングが来たが、そんなこと言われてもこっちだってまさか声が出るだなんて思ってなかったし!?)  その点、病室内ならほぼ死角なしに全体が見渡せるので、雪夜の状態を把握しやすく、データを取りやすいということだった。  ちなみに……夏樹とイチャイチャしているところは、裕也が事前にカットしてくれている。 *** 「えっと、明日はいつも通りですよね?」 「そそ、明日はとりあえず~……」  一応、雪夜の好きにさせようと言うことになったものの、病院ですることは基本的には今までと変わらない。  夏樹が動けるようになったので、雪夜のリハビリも再開している。  夏樹が傍にいれば、リハビリは問題なくできる。  言語訓練に関しては、その日の年齢によって言葉の発達に差があるので、先生の方が雪夜の状態になかなか慣れずちょっと苦戦中だ。  夏樹だって、初めて雪夜が不安定になった時は、どう対応すればいいのかわからずにだいぶ困惑したので、言語訓練の先生の気持ちはわかる。  そう考えると、学島は詳しい状況がわからないまま別荘に連れて来られたのに、雪夜の状態を把握して、その日の機嫌や年齢に合った対応をしてくれていたので、さすがだなと改めて思う。   「――じゃあ、今の感じだと、予定通りに明後日には退院出来そうってことですよね?」 「そうですね、言語訓練だけがちょっと気になるところだけど、まぁ夏樹くんが言っていたみたいにリモートでも出来ないことはないし、ある程度の年齢になっている時は雪夜くんが自分で気づいて直そうとしているから、何とかなるでしょう。ね?」  工藤が隣に座る隆文を見た。 「ああ、そうだな」  隆文が雪夜の映像を見ながら、ちょっと口元を綻ばせた。  夏樹が入院したおかげで久々の雪夜との再会となった隆文だったが、残念ながら雪夜は隆文のことをあまり覚えていなかった。  まぁ、子ども雪夜にしてみれば隆文と会ったのは数回なので、覚えていなくて当たり前なのかもしれない……  それでも、久々に雪夜に会えたことが隆文なりに嬉しかったらしい。  工藤たちの話しでは、リハビリの様子や室内での様子を見て、雪夜の回復を密かに喜んでいたのだとか。    いや、嬉しいならもっとおおっぴらに喜べよ!! 「じゃあ、雪夜にも退院のこと言っちゃっていいですね?」 「事前に言うのか?」 「前回との反応の違いも気になりますからね」 「わかった」  前回は、退院すると夏樹に会えなくなると勘違いをした雪夜が、病室に立てこもるということがあったが……さすがに今回は立てこもることはない……はず!   ***  夏樹が部屋に戻ろうと立ち上がると、 『なつきさん、まぁだ~?』 『ん~?まだだね~』 『なつきさん、おそいね~』 『そうか?まだそんなに経ってないぞ?』 『おそいのっ!!』  ノートパソコンから雪夜の不満そうな声が漏れてきた。  今日は浩二が一緒に遊んでくれている。   「おっと、タイムリミットですね。それじゃ戻ります」 「はーい、あ、なっちゃん急いで~!コージがサイン送って来てる!」 「え?あ、はい!」  サインとは、雪夜に異変があった時や、夏樹を待ちきれなくてぐずりかけた時に兄さん連中がカメラに向かって知らせて来る時の合図のことだ。  夏樹は部屋を出ると、急いで雪夜の元に戻った。 ***

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