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夜明けの星 6.5-2(夏樹)
――数時間前。
「斎さん、お待たせしました」
「はいよ~」
夏樹は、病院の裏口に停まっていた斎の車に乗り込んだ。
もうリムジンじゃなくても大丈夫だろうと思い、今回は普通の車にしてみたのだ。
なんせ……病院にリムジンだとそれだけで注目を集めてしまうからな……
だが……
「雪夜、もう車に乗ったから目開けても大丈夫だよ。ちょっとごめんね、シートベルト締めておこうね」
夏樹が雪夜を隣におろそうとすると、雪夜がガシッとしがみついてきた。
おっとぉ!?
「おおおおにしゃん、いない?」
「いないよ~。斎さんだけだよ」
「おんとに、おんとに、いない!?」
「うん、大丈夫。ホントにいないよ。ちょっとだけ目開けてごらん?」
雪夜はナースステーションでは何とか目を開けられたが、その後はまた目をしっかりと閉じていた。
雪夜には、鬼だらけだった世界から突然鬼がいなくなった理由などわかるわけがない。
もちろん、夏樹たちにもその理由はわからない。
おそらく、雪夜の精神面に何か変化があったのだろうとは思うけれど、工藤たちにもはっきりとしたことは突き止められなかった。
鬼がいなくなったと言っても、これまでは別荘や病室で夏樹や兄さん連中、一部の病院関係者にしか会っていなかったから、それ以外の人に会う……というか、見ること自体が初めてだ。
そのせいか、エレベーターに乗ったあたりから、もうすでに雪夜は軽くパニックになっていた。
「雪夜、無理そう……?」
「やっぱりリムジン呼ぶか?」
「う~ん……雪夜、ほら、これならどう?目の前には俺しかいないよ。ね?」
しがみついている雪夜の顔を何とか上に向かせて額をくっつける。
近すぎて逆に夏樹だとわからないような気もするが、とりあえずこれなら夏樹しか目に入らない。
雪夜が薄く目を開いた。
「なちゅ……なつきしゃん?」
「うん、そうだよ。こんな男前は夏樹さんしかいないでしょ?」
おどけて笑いながら、雪夜が確認出来るように少し顔を離した。
「なつきしゃんだ!」
夏樹の顔を確認して、雪夜がニコっと笑う。
うん、さっきからずっと雪夜を抱っこしてたのは夏樹さんだよ~?
そんな、今日初めて見た!みたいな反応されると困るな~……可愛いからいいけど!
「それから、斎さんもいるよ」
「雪ちゃ~ん、斎さんだよ~。こっちこっち!」
「いつきしゃん?どこ!?」
ようやく斎の声にも反応した雪夜が、キョロキョロと斎を探す。
「雪夜、後ろ後ろ。運転席だよ」
「ん?……いつきしゃん!」
夏樹が雪夜の顔を後ろに向けて運転席を見せると、ようやく斎に気付いた。
「は~い、斎さんだよ~。ここには俺とナツしかいないからな。心配しなくてもいいぞ~」
「おんと?」
「ホントだよ、ほら、見て?他に誰も乗ってないでしょ?むしろ乗ってたら怖いからね?」
「?」
「あ、うん、今のは忘れていいよ。さてと、それじゃちゃんと座れる?」
ごめん、軽い冗談だからっ!!
雪夜が真剣な顔で考え込んだので、慌てて話を変えた。
「なっ……」
「ん?」
「……しゅわれましゅ」
何かを言いかけた雪夜が言葉を飲み込んで、夏樹の膝からおりた。
う~ん……
「ゆ~きや。シートベルトしたら手繋ごうね。ごめんね、残念ながらリムジンと違って狭いから、イチャイチャできるのはこれくらいなんだよね~」
「あい!」
夏樹が雪夜にシートベルトをして手を握ると、雪夜が嬉しそうに指をニギニギしてきた。
子ども雪夜になっている時は結構甘えてくれるけど、それでも時々言葉を飲み込んでしまう。
鬼は見えなくなっても……やっぱり雪夜にとってはまだ外に出るということ自体が精神的に負担がかかるのかもしれない。
もう過ぎる程にしている雪夜には余計なことで無理や我慢をさせたくはない。
これは……雪夜が外に慣れるまでは、移動の際にはリムジンの方がいいかもしれないな。
「おいこら、俺も混ぜろ~」
「あ、運転手さ~ん、出発してくださ~い」
「ナツ……お前後で覚えとけよ!?」
斎がミラー越しに夏樹を見てにっこりと笑った。
あ、目がマジだ。怖っ!
「ぁははは、もう忘れました~。あ、愛ちゃんに電話入れなきゃだ」
「あぁ、もうしてある。裕也が先に着いてるから、出迎えしないように話つけてくれてるだろ」
「ありがとうございます」
こうして何とか病院を出発することができたのだが……
雪夜は、白季組に着くまで夏樹の手を握りしめて、目をぎゅっと閉じたまま窓の外を見ることはなかった。
***
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