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夜明けの星 6.5-4(夏樹)
「――それじゃあ、雪遊びをした時に初めて声が出たのかい?」
「ん~、声っていうか、叫び声みたいなのは出てたけど、自然な発声で声が出たのがその時って感じで……」
愛華には度々雪夜の状態を知らせていたものの、毎日連絡をしていたわけではないし、全てを知らせていたわけではないので、ひとまず詳しい話を聞きたいと言われ、適当に別荘での雪夜の様子を話していた。
「雪坊、シュークリーム食べるかい?浩二から雪坊がここのシュークリームが好きだって聞いたから……」
「しゅ~!?」
雪夜がちょこちょこおやつに手を伸ばすようになってきたのを見て、愛華がすかさず雪夜の好きなシュークリームでつってきた。
愛華の合図で、神川がシュークリームの箱を持って入ってくる。
「ほら、シュークリームあげようね。こっちにおいで?」
愛華は、神川が持ってきたシュークリームを自分の前に置かせて、雪夜を呼んだ。
雪夜がシュークリームと愛華を交互に見て、助けを求めるように夏樹を見た。
「良かったねぇ雪夜。愛ちゃんがシュークリームくれるってさ。食べたかったら愛ちゃんのところに行って貰っておいで?」
「なつきさん、いっしょ?」
「夏樹さんはここにいるよ。大丈夫、すぐそこだから夏樹さんもずっと見てるよ!」
「ぃやんよ!いっしょいく!」
一人で愛華のところに行くのはまだ怖いのか、雪夜が夏樹の手をグイグイと引っ張った。
そうまでしてシュークリームが食べたいのか……
「ははは、わかった、それじゃ一緒に行こうか!」
***
数分後……
「雪坊、美味しいかい?」
「あい!おいちー!」
「そうかい、それは良かった」
雪夜は、まんまと愛華の手中に収まっていた。
愛ちゃんはこういうの得意なんだよなぁ……
愛華は相手の心を掴むのがうまい。
事前に相手のことを調べつくしているし、自分の持っている切り札の使い所もよくわかっている。
相手が気がつかないうちに愛華のペースで商談を進めているということは多々あるのだ。
愛華の膝の上に座って、シュークリームを頬張る雪夜の横顔を見ながら、夏樹はそっと苦笑していた。
「なぁ、ナツよ。雪ちゃん、そろそろ慣れてきたか?俺 っちの膝にも来てくれるかなぁ?」
「え?あ~……瀬蔵のおっさんは無理じゃないですか?あれは愛ちゃんだから出来るんですよ」
「え~……俺っちも、もうちょっと近くで雪ちゃんを見たい~!」
「老眼で良かったですね、遠くはハッキリ見えるんでしょ?」
「やかましいわっ!そういう問題じゃねぇんだよ!」
もっと構いたいのに雪夜に近寄ることが出来ない瀬蔵が、先ほどからグチグチと夏樹に絡んでくる。
こうなることはわかっていたので、なるべく瀬蔵の近くには行きたくなかったのだが、雪夜に引っ張られるまま来たら愛華と瀬蔵の間に座ることになってしまったのだ。
あ~瀬蔵のおっさんがうぜぇ!!
「おめぇが隣にいりゃ、俺っちでも大丈夫な気がする!」
「はいはい、そうかもしれないですね」
「おいこら、おめぇも真面目に考えろよ!」
「別に膝の上に来てくれなくても、そこから見えるでしょ?」
「一応見えるけど、ほら、やっぱり違うじゃねぇか!」
「何が?」
「え~と……感触とか?」
存在ゴリラのクセにIQも高い愛華 と違って、瀬蔵はどちらかと言うと脳筋系だ。
組をまとめていく能力はあるが、お勉強の方はちょっと弱い。
何を言いたかったのかは何となくわかるが、なかなか言葉が出てこない上に、ようやく出て来た言葉が“感触”って……
「発想がキモイのでアウトですね」
「ぁあ゛?……どういう意味だぁああ!?」
「おっさん、声!!やかましいっつーの!!」
瀬蔵の声に驚いた雪夜が、夏樹と瀬蔵の様子をじっと見ていた。
「おっと……あ、雪ちゃん、ごめんね~!大丈夫だよ~!怒ってないよ~!愛ちゃんも驚かせて悪かったな、ごめんなさい!そんな怖い顔しないでくれよ~!――」
雪夜の後ろで愛華が「私の邪魔をするんじゃないよ!!」と、鬼の形相で夏樹と瀬蔵を見ていたので、瀬蔵が慌てて雪夜に謝罪をして、愛華にも両手を合わせて謝った。
愛華と瀬蔵のやり取りはいつものことだし、夏樹が混じって更にワチャワチャするのもいつものことなので、斎と裕也は全然気にせずに二人で何やら話をしていた。
***
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