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夜明けの星 6.5-9(夏樹)

「雪ちゃんたちを監禁していた犯人について前に報告したことは覚えてる?」  愛華の代わりに裕也が話し始めた。  夏樹が雪夜の過去に何があったのかを裕也たちから知らされたのは、慎也と達也が学会で来日したついでに雪夜に会いに来たすぐ後だ。 「はい、たしか……」  夏樹は雪夜を起こさないようにベッドから出ると、雪夜を視認できる位置に座った。 「犯人は拘置所で謎の変死を遂げたって……でもあまりにも不自然な点が多すぎるからこの犯人は身代わりだった可能性が高いってことでしたよね?」 「うんうん」 ***  雪夜が発見された時、犯人はその場にいなかった。  雪夜が助け出されたことはすぐには報道されなかったので、犯人はそれから三日後、何も知らずに小屋に来たところを、待ち伏せしていた警察に確保されたのだ。  裕也が手に入れていた犯人の供述調書は確かに真実味があった。  だが、確保された瞬間の犯人の様子と、事情聴取を受けている時の犯人の様子が何となく違和感があった。  確保の瞬間をとらえた写真は残っていないが、その様子を見ていた隆文は、マスコミが犯人だと騒ぎ立てる男と山で確保された男が別人であることに気がついていたらしい。   「それって……つまり……」 「まぁ、犯人は警察に圧力をかけられる人間ってことだよね」  隆文はもちろん警察に抗議をしたが、相手にされるわけがない。  その上、隆文を危険視した真犯人側が、隆文だけでなく、涼子や達也たち、病院関係者、患者にまでマスコミやガラの悪い人間を使って圧力をかけてきたらしい。  まだ病院を継いだばかりで自身に強い繋がりなどなかった隆文には、そんな連中と対抗できる手段は持ち合わせていなかった。  結局、隆文の周辺からマスコミたちを引かせ、病院や隆文たちの名誉を回復する記事を書く代わりに、真犯人についてこれ以上追及しないと約束させられたようだ。 「隆文は知ってたわけですか……真犯人は他にいるとわかっていて、それを受け入れた……」  隆文の判断は到底納得できないが、その当時……何の後ろ盾もない状態で家族を、病院を守るには、そうするしかなかったというのもわかる。  たぶん、一番悔しい思いをしているのは、隆文自身だ。  相手は話をつけるために結構な額の金も用意してきていたらしい。  圧力をかけられて病院の経営がかなり悪化していたので、金は喉から手が出る程に欲しかったはずだ。  向こうもそれが分かっていて持って来ているのだ。  だが、隆文はその金だけは一円も受け取らなかったらしい。  精一杯の意地だったのだろう。 「まぁ、だから隆文はあんまり責めないでやってね~。この時のやり方はかなり酷かったみたいだからね」 「はい」  達也たちは最初夏樹たちのことを過去の事件について調べているマスコミ関係者だと勘違いし恐れていた。  あの時は何を言っているのかよくわからなかったが、マスコミに追い回されていた記憶が蘇っていたのだとすると、達也たちの言葉の意味がわかる。  この時のことは達也たちにとってもかなりトラウマになっているようだ。 「しかも、そのくせ僕が調べた時にはその情報がほとんど残っていなかった。雪ちゃんの記事は山の中で見つかったっていう程度にしか書かれていなかったんだ。それくらいマスコミを操作できる相手だったってことだよねぇ……」  たしかに、それだけ大騒ぎになっていたのに、裕也がその話を掴むことが出来なかったということは、それらの情報を一気に白紙に戻すことが出来るくらいの圧力をかけられる人間がバックについているということだ。 「で、結局犯人の身元は?」 「犯人自身は当時30歳の薬剤師。温厚で優しくて同僚の受けもいい。勤務態度は良好。趣味は小動物と遊ぶこと。ちなみに、こいつの言う遊びは……まぁの方ね。で、え~と、こいつの家系が代々政府高官や幹部クラスのいわゆるエリート一家ってやつで――」 「へぇ……」  雪夜は監禁中、ギリギリ死なない程度に保たれていた。  ある意味、実験台に乗せられたモルモット状態だ。  それが出来るということは、犯人に医学の知識があったからだろうとは思っていたが…… 「まぁ、いくら出来損ないでも一家から殺人者が出たとなれば大スキャンダルだよね~。ってことで、一家総出で金とコネと権力を使いまくって警察やマスコミに圧をかけたみたいだね」  よく似た背格好の身代わりを用意し、犯人は早々に国外に逃がしたらしい。 「でもね、ああいうサイコキラーにはそもそも罪悪感や後悔の念なんてないんだよね。そして、定期的に繰り返す。つまり、国外に出たところでやることは同じ」  犯人は一か所にとどまらず、各国を転々としていたらしい。  裕也は逃亡中の犯人の足取りを追いながら、その国で起きた事件も調べた。  その結果、犯人が滞在していた時期、滞在していた付近で、謎の変死体が見つかるという事件がいくつもあったらしい。   「それが全部やつの仕業という証拠はないよ。でも、失踪した時の状況や見つかった遺体の状態に共通点があるんだ」  どれも国が違うので同一犯だとはわからないだろうが、情報を並べてみるとたしかに酷似している点が多い。 「で、そんな感じで犯人を追ってたんだけどね、ある場所でパタッと足取りが途絶えたんだよ」 「ある場所?」 「うん、まぁ名前は伏せるけど、その国は軍事国家でね、ちょっと道を歩いてるだけでも、邪魔だからバーンとか平気でしちゃうとこなんだよね。そんなところに行くこと自体がビックリだけど、犯人はそこで女性を拉致ろうとして失敗して、軍に捕まってスパイ疑惑かけられてそのまま土の下に()ったみたいだね」 「あ~……えっと?」 「この世にはもういない。場所が場所だから、権力もコネも利かなかったみたいだね」  あまりにも呆気ない。  夏樹は今の自分の感情を表す言葉が見つからなくて、文字通り絶句していた。 「拍子抜けだよね~。まぁスパイ容疑で軍に捕まったんだから、簡単には土の下に入れなかったと思うけど、それにしても釈然としないよね」 「そうですね……」 「まぁ、この世にいないやつにいくら文句を言ってもどうにもなりゃあしないさ」  愛華が苦々し気に吐き捨てた。 「でも、まだ文句を言える相手がいるんだよねぇ」 「文句を言える相手?」 「事実を隠蔽しようとした家族だよ。そいつらが自分可愛さにサイコキラーを海外に解き放ったせいで犠牲者が増えたんだ。家族も殺人幇助(ほうじょ)したのと同じだからね」  愛華が美しい形の眉をキュッと寄せた。  夏樹が意外と冷静でいられたのは、以前裕也から、愛華がこの件に関してはかなりご立腹だったと聞いていたからだ。  愛華が本気で怒ったのなら、相手が政府高官だろうが、警察だろうが関係ない。   「じゃあ、愛ちゃん、そいつらを……」 「裕也と一緒に抹殺してやったよ」 「なるほど」  まぁ、裕也と愛華が組んでいるのだから、その内容はきっとえげつないことになっているはずだ。  夏樹はそれ以上詳しく聞くのは止めた。 ***

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