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夜明けの星 6.5-10(夏樹)
夏樹は通話を切ると、シャワーを浴びて頭を冷やした。
やはり真犯人は他にいたけれど、そいつも結局はもうこの世にいない。
できればこの手で葬ってやりたかったが、まぁ……ある意味そいつに相応しい死に様だったとも言える。
それに、夏樹にしてみれば、雪夜を脅かす存在がもういないということの方が重要だ。
真犯人が塀の外でのうのうと生きているかもしれないと裕也から聞かされた時、夏樹が一番に危惧したのはそいつがまた雪夜の目の前に現れることだった。
逮捕時、狩猟小屋に現れた犯人は顔が隠れるように目出し帽を被っていたらしい。
恐らく雪夜に顔を見られないようにするためだろうが、当時三歳で目出し帽というものを知らなかった雪夜にとっては、顔が真っ黒のオバケ。鬼のような異形のもの、に見えたのだろう。
だから雪夜は犯人の本当の顔を知らない。
ましてや記憶を上書きされているので、目出し帽の犯人のことも覚えていない。
それはつまり、目の前に現れてもすぐに犯人だとはわからないということだ。
雪夜が気付いていないということに安心して、そのままそっとしておいてくれればいいが、相手はサイコキラーだ。
この犯人なら、良い人の顔で雪夜に近付いてきて、何かの拍子に雪夜が思い出してしまわないかすぐ近くで見張る方を取るだろう。
夏樹が雪夜に近付く全ての人間をチェックできるわけじゃないし、夏樹も真犯人の顔は知らない。
夏樹の知らないうちに接触されていたらと思うと気が気じゃなかった。
国外へ逃亡していたのか……
その可能性も考えてはいたが、身代わりを立てて、しかもその身代わりが死んだことで、この事件は中途半端なまま人々の記憶から忘れ去られることになった。
さっき裕也から聞いた話から考えると、それらは全て犯人の身内の狙い通りだったというわけだが――
まぁ、今更どうでもいい。
犯人がもうこの世にいないのなら、これから先は雪夜も俺も安心して過ごせる。
鬼はもういない……
***
「――愛ちゃん、あれでよかったの?」
通話を切った裕也は、複雑な顔で愛華を見た。
「ああ、完璧だよ。あれでいいんだ。あれであの子はもう余計なことは考えないだろうからね」
「なっちゃん、本当のこと知ったらまた怒るだろうな~」
「裕也が一生黙ってりゃ平気さ。簡単なことじゃないか」
「わかってるけどさ~……僕黙っていられるかなぁ……」
「真犯人は実はまだ生きてますなんて聞いたら、あの子のことだから自分の手で始末をつけに行こうとするだろう?私はね、あの子が一般人として生きて行くことを選んだ時点で、あの子の手は絶対に汚させないと決めたんだ。汚れ仕事は私が引き受ける。それが白季組組長の妻であり、あの子の母親でもある私の役目だからね」
「僕も一応一般人なんだけどな~」
「あんたの場合は、限りなく黒じゃないか」
「ひど~い!まぁ、僕はどこまででも付き合うけどね~」
実は、真犯人は三か月程前に日本に帰国している。
先ほど夏樹にした、犯人が海外で亡くなっていたという話は、裕也の盛大な嘘だ。(ちなみに、真犯人の身内を社会的に抹殺したというのは本当だ)
人知れず帰国するという情報を掴んでいた愛華たちは、空港で密 やかに、そして速 やかに真犯人を確保した。
現在真犯人の身柄は愛華たちの元にある。
真犯人が帰国することは誰にも、向こうの身内にも知らされていなかったので、愛華たちにとって都合が良かった。
「あいつは楽に逝 かせてなんかやらないよ。あいつが手にかけてきた犠牲者たちの恐怖や痛みをあいつ自身で味わえばいい……」
愛華が低い声で呟いた。
白季組は無意味な殺生はしない。
素人には手をあげない。
薬物もご法度だ。
こっちの世界では、イマドキ珍しい正統派だと言われている。
だが、全然手を汚さないわけではない。
情に厚くて涙もろい愛華だが、生まれた時からこの世界に身を置いているので、ちゃんと冷酷さも持ち合わせている。
愛華が本気で怒った時は、裕也でさえひくレベルの非情さでとことん痛めつけ、とことん追いつめていく。
その勢いは激しく、途中で裕也が止めに入ることもあるくらいだ。
だが、今回の犯人については、裕也も怒っていた。
そのため、途中で止めに入る人間がいない。
一応、二人の中で共有しているのは、『簡単には死なせてやらない』ということだけ。
よって、真犯人はまだかろうじて生きているのだ。
「まぁここまであいつらを本気で怒らせるやつもなかなかいねぇよな……絶対に敵に回したくねぇわ……」
二人の会話に聞き耳を立てていた斎たちが、そっと呟いてお互いに顔を見合わせ、小さく苦笑した。
***
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