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夜明けの星 6.5-11(夏樹)
「ほらほら、これくらいでへばってんじゃないよっ!たったの10kmだろう?」
「「ハイッ!!」」
返事だけは大きいものの、愛華の前に息も絶え絶えに倒れ込んでいる若い衆を見ながら、夏樹はちょっと首を掻いた。
「まぁ、たったのっつっても、片道10kmだから往復で20kmだし、これが3本目だから20km×3だけどね……」
「あん?凜坊何か言ったかい?」
「言ってません!!」
地獄耳ぃいいい!!
愛華との距離はかなりあったはずなのに、夏樹がため息交じりに呟いた声が聞こえたらしい。
スンとした顔で誤魔化そうとする夏樹に、愛華がにっこりと笑いかけた。
「凜坊はこれくらい余裕だよねぇ?じゃあ、今スタートしたやつらが戻って来るまでに追加で20km行ってきな!」
「はあああっ!?何で俺だけっ!?え、待って、20kmって、片道?往復?」
「片道に決まってるだろう!?最後尾のやつより遅かったらもういっちょ追加だよ!ほら、早く出ないと引き離されるよ?」
ってことは、今出たやつらの倍!?往復で40km!?マジか……
「くっそぉおおおおおおおお!!!!」
文句を言えばさらに増えるだけだとわかっているので、さっさと終わらせるに限る。
夏樹は苦し紛れに悪態を吐きながら、数分前に出たやつらを追いかけてダッシュした。
***
愛華たちから真犯人について知らされた翌日。
夏樹はまだ朝日も昇りきっていないうちから叩き起こされて、前日の愛華の言葉通りに新入りの若い衆に混じって特訓に強制参加させられていた。
白季組 のすぐ裏にはまぁまぁ大きい山がある。
そこも白季組 が所有しており、愛華の特訓は主にその裏山を使って行われる。
雪夜の養生のために使わせてもらっている詩織の別荘がある山や、それこそ山伏が修行に使っているような険しい山も特訓に使うことがあるが、一応愛華なりに特訓のレベルがあって、それに合わせて山を選んでいるらしい。
ちなみに、愛華の気分次第で海に行くこともある。
完全に手ぶらの状態で無人島に置き去りにされて、1週間サバイバルなんてこともあるし、サメやクラゲがうようよいるところを遠泳させられることも……
あ、ちなみにうちの稼業はヤクザです。
別に超人育成所というわけじゃないよ?
そのはずなんだけど、愛ちゃんは一体何を目指してるんだろうか……
あくまでこれは一般の会社で言う新人研修のようなものだ。
ここまでやる意味がイマイチわからないが、愛華の特訓は人気がある。
若い衆の躾けが大変な昨今、他の組織からも愛華に鍛えてもらいたい!と預けに来ることが多いのだ。
兄弟分ではない組織からも預けに来る。
愛華がいかに周囲から絶大な信頼を得ているかがわかるというものだ。
愛華もよほどの理由がなければ断らない。
だから、白季組自体はかなり小さい組織であるにも関わらず、常に白季組の組員の倍以上の預かりっ子たちで溢れているのだ。
今日一緒に特訓を受けているやつらも、半分以上が預かりっ子たちだ。
「あと半分!ほらほら、もう時間がないよ!!」
「わかってる!!」
夏樹が一回目往復して戻った時にはもう先に出たやつらが数人ゴールしていた。
自分が追い抜いて来たやつらの位置を考えながら、二回目の往復で最後尾に追い付くために必要な時間を考えつつ折り返す。
夏樹は少し足を速めた。
「ったく……俺これでも一応病み上がりなんだから……っ……ちょっとは加減しろっつーの!」
肋骨を折って、背中を痛めて……歩くこともままならない状態だった夏樹は、病院でしばらく安静にして何とか歩けるようになった。
病院でリハビリはしていたものの、軽い運動をしていただけで、まだそんなにガッツリ走ったり筋トレをしたりしていたわけではない。
よって、あまり激しく運動すると、さすがにまだ身体が痛い。
しかも、昨夜は久々に酒を飲んでしまったので、自分が思っている以上に身体が重い。
「雪夜に会いたいいいいいいっっ!!」
心の声を思いっきり口に出しながら山を駆け抜ける。
平坦な道と違って、山道の10kmは傾斜があるぶんかなりキツイのだ。
今朝、夏樹が叩き起こされて家を出た時には、まだ雪夜は眠っていた。
目が覚めた時にあの部屋に一人だと混乱するだろうからと、斎が代わりに部屋に残ってくれている。
雪夜が起きたら連絡をしてくれと頼んではいるが、もうお昼前なのにまだ連絡はない。
圧倒的雪夜不足!!
雪夜の声聞かないと頑張れないぃいいいいい!!
いや、頑張るけども……
さっさと終わらせて帰ろう!
「っしゃっ!!ゴール!!」
雪夜のことを考えている間にゴールしていた。
途中で最後尾にいたやつらを追い抜いて来たので、何とか追加は免れた。
「愛ちゃん!ちょっと、雪夜に連絡してもいいですか!?もう起きてるはずなんだけど斎さんから連絡がないから……」
夏樹は、愛華の横に置いてあった自分の携帯に手を伸ばした。
特訓中は基本的に携帯の使用は禁止だ。
というか、携帯を弄る余裕などない。
そのため、参加者は全員、愛華に携帯を預けてある。
「ん?ああ、雪坊ならもう起きてるよ。朝御飯もちゃんと食べてるって斎から連絡があった」
「え?そうなの!?なんでそれ俺に教えてくれないの!!」
「だから、今教えたじゃないか」
「そうですね!!」
愛ちゃんってそういうとこあるよね!!
夏樹はため息を吐きつつ斎に連絡をした。
「あ、斎さん?雪夜大丈夫ですか?」
「お~、大丈夫だぞ。機嫌よく遊んでる。ちょっと待ってろ――」
「ん?」
「な~つさ~ん?」
斎がビデオ通話にしてくれて、パズルをしていた雪夜を映してくれた。
「あ、雪夜!おはよ~!」
「お~あ~よ~!」
雪夜が嬉しそうにヒラヒラと手を振る。
今日は少し年齢が低いか?
「昼過ぎには帰って来るか?」
雪夜の横から斎が顔を出した。
「わかりません。それは愛ちゃん次第です」
そう言いつつ愛華をチラッと見る。
「ん?あぁ、そうだねぇ……まぁ今日は後2~3時間で終わる予定だよ」
「……だそうです」
「ははは、了解。じゃあ雪ちゃんには昼飯も食わせておくから」
「ふぁ~~い、お願いします……雪夜~!淋しくなったらすぐに電話してきていいからね!?」
「あ~~い!!」
っていうか、電話してきてっっ!!
俺が淋しいからっ!!
***
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