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夜明けの星 6.5-13(夏樹)
雪夜は浴室で二人きりになってようやく声を出して泣き始めた。
「あ~よしよし、ごめんね。さっきのは俺の言い方が悪かったよね」
「なちゅしゃ……っ……めって……っゆちく……が……ったの……っ」
ん~、ダメだ。何言ってんのかわかんない……
感情が昂っている上に泣いているので滑舌が悪すぎて聞き取れない。
「うん、ごめんね。あのね、でもほんとに俺も会いたかったんだよ!?めちゃくちゃ会いたかったし、雪夜に会えて嬉しかったんだけど、俺が泥だらけだったからね?……あ~……うん、俺の説明が足らなかったよね、不安にさせちゃってごめんね」
もう何を言っても言い訳にしかならない。
夏樹が悪いのは目に見えているし、とりあえず落ち着くまではひたすら謝るに限る。
あ~もう!!俺も泣きそう……
***
「雪夜さ~ん、身体洗えないからちょっと離れ……あ~いや、ん゛~~……わかった、もうそのままでいっか!」
ようやく雪夜が落ち着いたので、夏樹は、ピッタリと抱きついて離れない雪夜を抱っこしたまま身体を洗い始めた。
雪夜を泣かせた俺の自業自得なんだけれども……
ほら、いくら精神年齢がね、低いって言ってもね、身体はやっぱり大人なわけだし?
好きな子と裸で密着して何とも思わないわけがない……
だから、お風呂に入れる時はいつもかなり精神力と忍耐力を使っている。
が、疲労困憊と空腹のコンボでフラフラな現状では、そんな抑制できるはずもなく……
「んっ……」
「あ、ごめん!」
自分の身体を洗うついでに雪夜の身体も洗っていた夏樹は、雪夜の反応に慌てて両手を上にあげた。
あぶねっ!!
雪夜の身体に触れているとどうしてもクセで弱いところを狙いたくなる。
この手!この手が勝手に動くんだよっ!!めっ!!
思わず自分の手の甲をペチンと叩いてため息を吐いた。
何やってんだかホント……
あ~くそっ!そもそも、あれくらいでこんなに疲れてるなんて……
「っくちゅん!」
「っ!?……ごめん、風邪引いちゃうね。泡流すよ~!――」
ぼんやり考え込んでいた夏樹は雪夜のくしゃみで我に返って、慌てて泡を流した。
――久々に愛華の特訓を受けて、いかに自分の身体が鈍 っているのかを痛感していた。
年のせい?
いや、ただのサボり。
本当は自分でも鈍っていることはわかっていた。
でも雪夜の傍を離れられないから多少鈍るのは仕方がないかって……
雪夜を口実にしていたのを愛ちゃんに見抜かれてたんだろうな……
***
「ええ!?そんなことになってたんですか!?」
風呂上り、ようやく機嫌の直った雪夜と晩飯を食べながら、斎に雪夜が泣いた理由を聞いて夏樹は開いた口が塞がらなかった。
斎の話しでは……
目覚めて夏樹の姿がないことに気付いた雪夜は、知らない場所に置き去りにされたと思って朝から大パニックだったらしい。
それは夏樹も予想していたので、雪夜がパニックになってどうしようもない時は連絡をくれと斎に頼んであった。
昼に電話した時、雪夜の声がちょっと嗄 れていたので、恐らく叫んだのだろうとは思っていたが……
「よく落ち着かせられましたね」
「お前、俺を誰だと思ってんの?」
「斎お兄様です」
「わかってんじゃねぇか」
「そりゃまぁ」
「ははは、まぁ、冗談は置いといて、何だかんだで一番長く付き添いしてたんだから、雪ちゃんの扱い方は心得てるからな」
客船事故以来、病院や別荘で一番長く付き添ってくれているのはこの斎と裕也だ。
それに、斎はカウンセラーという職業柄、不安定になっている雪夜への接し方もうまい。
夏樹も、斎なら雪夜が多少ぐずってもどうにかしてくれるだろうと安心して預けられる。
斎はパニックになって夏樹を探しに外に出て行こうとする雪夜を捕まえて、事前に裕也に作らせていたフェイク動画や夏樹の弾き語りの動画を使って落ち着かせたのだとか。
「フェイク動画?」
それ聞いてないぞ?
「まぁ、簡単に言えば、デジタルでお前のニセモノ動画を作ったってことだな。詳しい説明はユウに聞け。俺も聞いたけど、興味ないからスルーしてた」
「あはは……え、ちなみにどんな……?」
「ん?だから、こんな感じ」
斎に動画を見せてもらうと、パッと見は本当に夏樹が話しているかのように見えた。
だが、夏樹はこんな動画を撮った記憶はない。
動画の中の夏樹は、「愛ちゃんのところでリハビリ頑張ってくるから、雪夜も俺が戻るまでは泣かないで頑張ってね~?戻ったらいっぱいぎゅ~してあげるからね~!」と、やけに軽いノリで言っていた。
あ、これ裕也さんのノリだ。
よく見ると少し映像がおかしいと気付くが、雪夜は夏樹だと信じたらしい。
そして、この偽夏樹との約束通り、一日泣かずに頑張ったのだ。
すべては、夏樹が戻ったらいっぱいぎゅ~してくれるという言葉を信じて……
それなのに、夏樹がちょっとしか抱きしめてくれなかった上、すぐに離れようとしたので、「がんばったのにどうしてだっこしてくれないの!?」とショックを受けて泣いたのだ。
いやいやいや、それ先に言っておいてええええええええええええ!?
そりゃ俺だって、言われなくても戻ったら雪夜を思いっきり抱きしめる気満々だったけども!?
でも、汗かいてたしドロドロだったし……
その話を聞いてたら、玄関から入らずに裏口から入って先に汗を流してから雪夜に会いにきたのにいいいいいいい!!!
「なんで昼に電話した時に言ってくれなかったんですかぁ~……」
夏樹が恨めしそうに半泣きで斎に八つ当たりをすると、
「ははは、そりゃおまえ……俺らが言わなくてもどうせハグするだろう?まさかあんなドロドロの状態で戻ると思わなかったし」
「ぅぅ……」
だって、風呂に入るよりも何よりも、早く雪夜の顔が見たかったんだもんっ!!
「明日、雪夜大丈夫かなぁ……」
夏樹はフェイク動画のことを知らなかったとは言え、雪夜にしてみれば「なつきさんがやくそくをやぶった!」と言うことになってしまっているのだ。
「まぁ、明日になってみないとわからねぇな」
「ですね」
どうか、明日の朝には雪夜の中で夏樹の好感度が戻っていますように!!
***
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