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夜明けの星 6.5-17(夏樹)

「雪坊、また顔見せにきておくれよ?」  愛華が雪夜の顔を撫でまわして軽く抱きしめた。 「ふぁぁ~~い!」 「雪ちゃん、最後くらい瀬蔵(らいぞう)パパもぎゅ~させてほし……」 「はいはい、それじゃ車乗るよ~」  愛華に便乗しようとした瀬蔵を押しのけて、夏樹が雪夜を車に促す。 「おいこら!!一回くらいいいじゃねぇか!!」 「はいはい、また今度ね。この距離まで近づけるようになっただけでもマシでしょ?」 「そうだけどよぉ、俺っちもぎゅ~って……」 「瀬蔵にぎゅ~されたら雪夜が卒倒するわっ!」 「どういう意味だよっ!?」 「も~仕方ないな~。瀬ちゃんには僕がぎゅ~してあげるよ。ほら、ぎゅ~!」    言い合いをしている瀬蔵と夏樹の間に割り込んできた裕也が、瀬蔵を抱きしめた。 「いや、裕也にされても嬉しくねぇよ!?って、おい痛い痛いっ!!骨折れる!!」 「ひどいよ瀬ちゃん!僕体格はほとんど雪ちゃんと同じだよ?」 「なるほど、雪ちゃんはこんな感じか~……ってなるかぁあああああああ!!!」  裕也が瀬蔵の相手をしてくれている間に、夏樹は雪夜を車に乗せた。  瀬蔵には悪いが、まだ瀬蔵のドアップは雪夜にはハードルが高い。  雪夜の中の鬼がどんなものだったのかわからないが、瀬蔵の顔を見ると雪夜が怯えているので、瀬蔵の顔が雪夜の中の鬼と似ているのかもしれない。  まぁ……瀬蔵は、よくお寺の入口に安置されている金剛力士像の顔とそっくりなので、それなりに迫力はある方だと思う。(夏樹はもう見慣れているので何ともないが……)  雪夜が瀬蔵に怯えなくなる瞬間が、本当の意味で鬼から解放された瞬間なのかもしれないな……  というわけで、まだしばらくは瀬蔵を近づけさせるわけにはいかないのだ。  すまんな、瀬蔵のおっさん! ***  あれから一週間程、夏樹と雪夜は夏樹の部屋でほぼ二人きりで過ごした。  毎晩愛華が雪夜の様子を見に来ては、しばらく構っていく。  夏樹としては、雪夜が慣れないのだからさっさと別荘に戻りたかったのだが、雪夜を構っている愛華が嬉しそうなので、何となく言い出せなかった。  夏樹を鍛え直すという言葉に嘘はないだろうが、それよりも愛華が雪夜と一緒にいたかっただけなのかもしれない。  雪夜にしても、愛華にはよく懐いた。  愛華は雪夜の母親とは性格も顔も似ても似つかないだろうとは思ったものの、愛華といることで母親を思い出してパニックになるのでは……と、若干心配もあった。  だが、夏樹の心配をよそに、雪夜は愛華といると落ち着いていた。  別に愛ちゃんに嫉妬なんてしてないし!?  雪夜が落ち着いてからは、みっちり三週間程、夏樹はリハビリ(特訓)に連れ出された。  一週間一緒にいたおかげで、雪夜は何とか夏樹がリハビリ(特訓)に行っている間、何回か連絡を入れれば待っていられるようになった。  いや、待てなくていいんだよ!?  夏樹さんといたいって言っていいんだよ!?  むしろ言って欲しかったんだよおおおおおおおおお……!!  夏樹が雪夜と部屋に籠っている間に、特訓の内容は一ヶ月間の山籠もりに入っていた。  ただ、夏樹の場合は雪夜が待っているので、夜には雪夜の元に戻って、朝方特訓に合流していた。  愛華にしてみれば、かなり譲歩してくれた方だとは思う。    雪夜は、夏樹がいない間は夏樹の部屋で過ごしていたらしい。  この三週間は、感情が昂っている時以外はわりと精神年齢が高めだったようで、斎や隆には、包丁の使い方や簡単な料理を教えてもらったり、裕也たちがついていてくれる時には、簡単なプログラミングや算数を教えてもらっていたらしい。  元々雪夜は頭がいいので、覚えは早い。  料理の覚えが悪いのは、頭で理解しても身体がなかなかついて行かないというのもあるだろうし、料理は工藤にインプットされていないため、雪夜にとっては新しい情報だからかもしれない。  同じ理由で、運動や音楽も苦手だ。  鼻歌らしきものを歌うのだが、何を歌っているのか全然わからない。  言葉が出始めた頃、まだうまく発音出来なかった時はミュージカルのようにリズムをつけて話していたが、ちゃんと音程をとって歌おうとすると難しいらしい。    雪夜は昼間頑張っている分、夏樹が戻ってくるとグズグズになる。  そのため、この三週間は夏樹は雪夜の不機嫌な顔しか見ていない……  愛華の鬼の特訓でヘトヘトになって帰ってきて、グズグズの雪夜の相手をする。    睡眠?ははは、何それおいしいの?  でもまぁ、どれだけグズグズでも、不機嫌でも、夏樹にひっついてきて離れない雪夜は可愛いし、癒される。  ……今度こそ雪夜を守れるように……  特訓の間、夏樹の頭にあったのはそれだけだ。  あの時、海に落ちなければ――  あの時、階段から落ちなければ――  今頃雪夜は、大学を卒業して、どこかに就職して、社会人として過ごせていたかもしれない。  たられば、は好きじゃないが、これだけはどうしても考えてしまう。  後悔も罪悪感も一生消えることはない。  守れなかったのは事実なのだから……    これから俺にできることは……  同じ(あやま)ちをもう繰り返さないこと。  雪夜の未来を守ること。  これから未来(さき)ずっと、雪夜の隣にいるのは、雪夜を笑わせるのは、俺でありたい。  この座を誰にも譲る気はない――…… *** 「それじゃあ、愛ちゃん、またね」 「向こうでも怠けるんじゃないよ!!ちゃんと鍛えないと冬山訓練連れてくからね!?」 「わかってます!」 「抜き打ちするよ?」 「げっ!?精進しますっ!!」  雪夜を守るためにちゃんと鍛え直したいけど、それとこれとは話が別!!  冬山訓練なんざ連れて行かれてたまるかっ!!  雪夜に会えなくなるじゃないかっ!!  夏樹は別荘に戻ってもちゃんと身体を鍛えようと心に誓ったのだった。 ***

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