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夜明けの星 7-15(夏樹)
「あの~……夏樹さん、なんだか不穏な音が聞こえない?」
「ん~?……聞こえてるなぁ」
平穏な雰囲気をぶち壊す騒音に、夏樹はちょっと顔をしかめた。
珍しく兄さんたちが手こずってるのかな?
「なぁ、ちょっとヤバいって!!なんか、じゅ、重機が暴走してるけど!?動物が怯えて逃げ回ってるし……なんか、今にも柵の外に出てきそうで、あの、べ、別の意味で危険かも!!」
音のした方を見に行っていた相川が、大慌てで戻って来た。
「それは困ったな。せっかく雪夜が楽しんでいるのに……」
雪夜がようやく動物を抱っこ出来るようになってきたから、昼飯の後にはもう少し大きい動物のところに行くつもりだったのだが……
「そう言う問題!?」
「他に何か問題があるか?」
ここには動物とふれあうために来ているのに、肝心の動物がいなくなればただの広場でしかない。
「いや、まぁそうだけど……」
「仕方ないな、ちょっと行ってくるか……佐々木、雪夜を頼む」
「え?あぁ、はいよ。雪夜、おいで」
雪夜を抱き上げて佐々木に渡すと、雪夜は一瞬目を開けてキョロキョロと周りを見回した。
「雪夜、佐々木だよ。大丈夫だ、すぐに夏樹さん帰って来るから、ちょっとだけ俺で我慢してくれよ」
「ん~……しゃしゃ……なちゅ……」
自分を抱っこしているのが佐々木だとわかると、ポテっと佐々木にもたれかかってまた目を閉じた。
***
「どれどれ?」
夏樹が相川と一緒に様子を見に行くと、たしかにヒツジたちがいた広場に重機が乗り込んで来て柵を壊したり地面を掘り返したりとぐちゃぐちゃにしていた。
動物たちは一応スタッフの誘導で避難しているようだが……数匹避難しきれなかった動物が逃げ回っていた。
兄さん連中はヒツジの広場の方には誰もいないようだ。
「う~ん……」
「夏樹さん、さすがにあれはどうしようもない?やっぱり警察に……」
「いや、なんで兄さん連中が誰もいないのかと思って……あれを止めるのは簡単なんだよ。だって、あんなゆっくり動いてるんだぞ?普通に歩いて追いつけるじゃねぇか」
「ええ!?」
「……わざとかなぁ……」
「わざと!?わざとこの状態を放置してるってこと!?」
「まぁ落ち着けって。いろいろとあるんだよ」
相川と話していると、電話が鳴った。
「はい、夏樹です」
「あ、なっちゃ~ん?ごめ~ん、毎度お騒がせしてま~す!雪ちゃん大丈夫~?」
電話から裕也ののんびりした声が聞こえて来た。
「雪夜はイヤーマフしてるので大丈夫ですけど、重機が暴れてるせいで相川たちがびっくりしてますよ。今何してるんですか?」
「あのね~、今ね~、浩二たちが上と話しつけてるとこ~。で、暴れてるのは――……」
「ああ、なるほど。わかりました。じゃあこれはそのままでいいんですね?」
「いいよ~。もうちょっとしたら僕が片づけるから」
「わかりました」
夏樹は通話を切ると、相川に向き直った。
「あのままでいいってよ」
「ええええ!?あのままでいいの!?だって、ぐちゃぐちゃに……」
「今浩二さんたちが話してるって」
「え、浩二さんってマダムとパーティーに行ってるんじゃ……」
「そそ、だから全部マダムの計画通り。浩二さんを連れてパーティーに行くって言ってたけど、それが結局、ここにちょっかいを出して来てるやつのところに話をつけにいくって意味だったらしい」
「……は?」
「だから、まぁ……今日のパーティーは“直接対決”のことだな。兄さん連中がたまに使ってる言葉を真似したんだろ」
「マダムが!?」
「あの人そういうの好きなんだよ。で、話がつく前に向こうが強硬手段に出るかもしれねぇから、守ってくれってことだったらしい」
「あ~……え、待って。あれ全然守ってなくね?」
相川が広場を指差した。
「あれは別の話し。こっちが先に手を出しちゃうとこっちが悪くなるだろ?あくまで被害者にならないとだから――」
「なるほど……」
「そろそろ裕也さんが動くだろ……あぁ、ほら」
相川に説明している目の前で、裕也がピョンピョンとデコボコの地面を飛び越えながらあっという間に重機のキャビンに飛び乗った。
運転席の男と何やら揉めていたが、男はすぐにペイッと外に投げ出されて、裕也が運転席に座った。
裕也は、巧みに操縦して地面のデコボコをあっという間に直すと柵から出た。
「裕也さん、重機の扱いうまいんだよな……あの人あの先っぽでマッチ擦れるんだぞ?」
「またまた~、さすがにそれは……」
「いや、マジで。今度見せてもらえ」
「え……うそ……マジで?」
「そんなことで嘘ついてどうすんだよ」
ポカンと口を開けている相川に苦笑していると、裕也に呼ばれた。
「なっちゃ~ん、ちょうどいいや、手伝って~」
「なんですか?日給出ます?」
「日給はいっちゃんとタカの手作り弁当だよ。仕事内容は、興奮して走り回ってる動物を捕まえてあっちの~……えっと厩舎?に放り込むだけの簡単なお仕事で~す」
簡単ねぇ……?そりゃまぁ、動物を捕獲するのは俺がやっても問題ないけど……
ガラの悪い奴らの相手をする方がラクなのだが、夏樹が顔を出すわけにはいかない。
その点、動物の捕獲はただのボランティアだ。
「ロープは?」
「これ~!じゃあ、よろしくね~!」
裕也は夏樹にロープを渡すと、どこかに消えて行った。
「相川、お前出来る?」
一応相川に聞いてみる。
「は?縄で動物を捕まえるの!?出来るわけないだろっ!!……ですっ!!」
「なんだ、仕方ねぇなぁ……」
チッ!相川も出来るんなら、手伝ってもらおうと思ったのに……
夏樹はスタッフに声をかけ、指示をしながら柵の中に入ると、元気に走り回っているヒツジやヤギたちを投げ縄で取り押さえてスタッフに渡していった。
まぁ、外に出て走り回ってるのは数頭だし、早く片付けて雪夜とお弁当食べよう!!
***
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