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夜明けの星 7-16(夏樹)
暴走して広場を出て行こうとしていた動物たちを捕まえた夏樹は、手や顔についた泥を洗い落として、スタッフの女の子たちからタオルを借りて拭いていた。
「――本当にありがとうございました!助かりました~!」
「いえいえ、ケガしてる子はいない?」
「はい!大丈夫です!」
夏樹は動物のことを心配して聞いたのだが、スタッフの女の子たちは自分に言われたのだと勘違いしたらしく、嬉しそうに頬を染めた。
まぁ、わざわざ言い直すのも面倒なので、軽くスルーする。
「良かった。それじゃあ、俺はこれで……あ、タオルありがとう」
「あ、あの、服が……」
「あぁ……着替え持ってきてるから気にしないで。え~と、あぁ、着替えはバスの中か。一度駐車場に戻っても大丈夫かな?再入場ってできる?」
「もちろんです!!」
「ありがとう」
夏樹は、着替えるために一度バスに戻った。
雪夜が今の状態になってからと言うもの、なんだかんだで普段から一日に2~3回は着替えているので、一応何かあった時のために、今日も雪夜と夏樹の分の着替えは持って来ている。
別に後で着替えてもいいんだけど、汚れてる状態だと雪夜を抱っこ出来ないからね~。
夏樹がバスの中で着替えて出て行くと、駐車場に黒塗りのいかつい車が数台入ってきた。
おっと……ようやく話しがついたのかな?
バスの前で様子を窺っていた夏樹は、車から最後に降りて来た人物の顔に見覚えがあった。
あれはたしか……
「お?こいつぁ珍しい顔だな」
男は夏樹に向かって軽く手を挙げた。
夏樹が近づいて行くと、周囲にいた黒スーツの男たちが警戒態勢に入った。
「大丈夫だ。こいつぁよく知ってるやつだよ。おめぇらも世話になっただろう?白季 のところの倅 だよ」
「どうも、お久しぶりです。木崎 さん」
夏樹が軽くお辞儀をすると、黒スーツの男たちが後ろに下がった。
「大きくなったなぁ、前に見た時ぁこ~~んなひよっこだったのによ」
「そこまで小さくなかったと思いますが……」
瀬蔵たちに引き取られてから、木崎に会ったのは数回だ。
そのせいか、いつまで経っても夏樹のことを中学生だと思っているらしい。
「ははは、相変わらずおめぇも可愛くねぇなぁ、愛華さんは元気か?」
「ええ、元気過ぎるくらいですよ」
「しばらく会ってねぇからなぁ、また会いたいもんだ」
「もう少しすれば冬山に遊びに行くかもしれないので、会うなら今ですね」
「ほぉ、元気だなぁ。俺なんかもう年だぜ」
口調は年寄りじみて来たが、そう言いつつも立ち振る舞いには隙がない。
木崎は、白季組や龍ノ瀬 組とは別の、更に大きな組織のトップだ。
瀬蔵とは年が近く、若い頃は何度かやり合うこともあったらしい。
一応敵対組織なのだが、木崎も自分のところの若い衆を愛華に預けにくる一人だ。
木崎の周囲を固めている幹部連中もほとんどが愛華の特訓を受けているので、夏樹が愛華の息子だと聞いて一気に顔つきが変わった。
「木崎さんが来たってことは、ここで暴れていた奴らは……」
「うちの傘下の関係らしい。まったく、最近は勝手をするやつが多くて困る」
直接関係ないとは言え、傘下のことなので木崎の発言力は強い。
が、それは電話で済むことで、大物の木崎がこんなところに出て来る必要はないのだ。
それがわざわざ出て来たのは……
***
「お!いたいた!」
「やっぱり来ましたか……」
呆れ顔の斎を見つけた途端、木崎が急に元気になった。
「久しぶりだなぁ八代 ぉ~!」
木崎が握手すると見せかけて、斎の腰に手を回した。
斎がすかさずその手を軽く叩く。
「はい、セクハラはやめてくださいね。そうですね、三か月ぶりくらいじゃないですか?」
「もうそんなになるか?」
「まだそんなもんですよ。っていうか、いちいち木崎さんが出て来なくてもいいんですけどね?そろそろ自分の立場をわきまえたらどうですか?」
斎の言葉に、木崎のお付きの奴らが小さく頷く。
「せっかくのお前からのラブコールだぞ?答えねぇわけにはいかねぇだろ?」
「連絡したのはユウですけど?」
木崎は斎の塩対応にも負けず、むしろ斎とのこのやり取りを楽しんでいるように生き生きと絡んで行く。
木崎は斎が伝説を作りまくっていた学生時代からのファンの一人で、未だに斎を自分のモノにしようと狙っているらしい。
「同じことじゃねぇか。裕也から連絡があるっつーことはお前も出て来てるってことだしな。直接こっちに連絡してくるのなんて珍しいじゃねぇか」
「詩織さん経由にしたらあんたが駄々をこねてなかなか出てこないからですよ――」
二人のやり取りを聞いているのも面白いが、夏樹はそれよりも早く雪夜の元に戻りたかったので、木崎に会釈だけしてその場を後にした。
雪夜の熱が上がってないといいけど……
***
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