熱が出ている間、雪夜は久々に精神年齢が2～3歳になっていた。 　熱を出して三日目。 　少し熱が下がったと思ったら、雪夜はリハビリをすると言い出した。 　普段なら、夏樹が「今日はお休みしよう」と言うとすぐに納得するのだが、この日の雪夜は頑固だった。 「雪夜、まだ熱があるんだから今日はリハビリお休みしてもいいんだよ？」 「しゅるの！」 「……う～ん、じゃあ、軽く歩くだけね？」 　夏樹はひとまず雪夜にあわせて様子を見ることにした。 「はい、お待たせ。それじゃ二階に行こうか」 「あい！」 「ゆっくりでいいからね」 「……あぃ！……」 「……」 　雪夜が静かに階段を上る。 　雪夜は元気な時には「よいしょ！」と声を出すが、具合の悪い時やしんどい時は歯を食いしばるので無言になる。 　「痛い」や「しんどい」とはあまり自分からは言わない。 　バスで酔った時もそうだが、限界になるとそっと夏樹の傍に引っ付いて来ることが多い。 　その代わり、夏樹から「ちょっと休もうか」と声をかけると、素直に聞く……はずなのだが…… 　どうして今日はこんなに無理をしてまでリハビリをしようとしているのかがわからない。 　まだ筋肉痛も残っているので、足を上げる度に眉間の皺が深くなっていく。 　雪夜さ～ん、顔がどこぞのスナイパーみたいになってるよ～！ 「雪夜、具合悪いんでしょ？足も痛いんじゃないの？」 「ん～ん……」 「ほんとに？」 「れちるの！」 「……わかった」 　夏樹はちょっとため息をついて雪夜を抱き上げた。 　 　滑舌が悪いのは年齢のせいだけじゃないな…… 「っ！？ゆちくん、れちるよっ！？らい、じょぶよ！？」 「うん、わかってるよ。でも俺が抱っこしたいなって思ったの。ダメ？」 　雪夜はまだ4段しか上がっていないのに、もう息があがっていた。 　身体も朝より熱くなっている。 　あ～ほら、熱上がってるし…… 　立っているのもしんどいだろうに…… 「……なちゅしゃん、らっこちたい？」 「うん、夏樹さんが抱っこしたいな～って思ったの」 「……らっこ……？」 　雪夜が熱で潤んだ瞳で夏樹をぼんやりと見つめて来た。 　うん、この目はもう完全にアウトですね。 「ついでに今日はやっぱりリハビリ止めにしない？」 「え？」 「夏樹さん今日はもうちょっと寝てたいな～。だから雪夜も一緒に寝よう？」 「……ぁぃ」 「ありがと！」 　夏樹がお願いすると、雪夜は渋々頷いた。 　 「雪夜、ちょっとお茶飲んでおこうか」 「……ぁぃ」 　雪夜はしょんぼりしながらお茶をぐびぐびと飲んだ。 　 「あのね、雪夜。熱がある時は無理しなくていいんだよ？学島先生も、熱が下がるまではリハビリはしなくていいって言ってたでしょ？」 「やら……おねちゅないの！！もうげんちよ！？れちるよ！？」 「熱測ってみる？」 「ない！……っないよ！……おねちゅ、ないのおおお！！ふぇ～～ん！！」 　途中から徐々に雪夜の顔が歪んできて、瞳から大粒の涙が零れたと思った瞬間、珍しく大きな声を出して泣き出した。 　熱のせいで朦朧としているらしい。 　う～ん……もしかして何かフラッシュバックしたのかな……？ 　 「わかったわかった。それじゃお布団行こう？」 「やらぁああ！ぬ～いん、ないの！おねちゅない！」 　雪夜は軽くパニック状態で夏樹の声はほとんど聞こえていない様子だった。 「入院じゃないよ？雪夜のお布団だよ？」 「ねんね、ないの！もうげんちよ！あしょびしゅるの！ゆちくんも、あしょびれちるの！」 「うん、お熱が下がったらね？」 「もうないっ！らいじょぶなのっ！ぬ～いんらめよっ！」 「うん、入院はしないよ」 「ぬ～いんぃやんよ！！ゆちくん、ひとりぼっち、ぃやんなの！！――」 　あぁ、そうか…… 　雪夜の言葉の端々を繋ぎ合わせて何となくわかった。 　どうして雪夜が今日に限ってこんなに意固地になっているのか…… 「うん……うん、そうだね……そうだよね……」 　夏樹は雪夜を抱きしめて、雪夜が落ち着くまで、静かに雪夜の言葉に耳を傾けた――…… ＊＊＊