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夜明けの星 7.5-3(夏樹)
隆文たちから聞いた話だと、2~3歳の頃の雪夜はほとんど入院していて、たまに家に帰れても近くの公園に行くくらいだった。
それでも雪夜にしてみれば外で遊べる貴重な時間だ。
だが、少し外で遊ぶとすぐに体調を崩してまた病院に逆戻りという状態だったらしい。
今回のお出かけは、今の雪夜にとっては初めてのお出かけだった。
ずっと建物の中にいたので、外に出ること自体が初めてだし、遠出するのも初めてだ。
動物とのふれあいやバスに乗っての兄さん連中とのお出かけは、雪夜にとっては夢のような時間だったのだろう。
帰りのバスで兄さん連中に「またみんなでお出かけしよう」と言われて嬉しそうに笑っていた雪夜の顔を思い出した。
兄さん連中は何気なく言った言葉のはずだが、「またお出かけできる」ということが、今の雪夜にとってどれだけ嬉しいことか夏樹たちにはわかっていなかった。
楽しいお出かけの後、雪夜は翌日から熱を出して寝込んだ。
そのことが、ほとんど外で遊べなかった幼い頃の苦い記憶と重なってしまったのだと思う。
雪夜にとって「またお出かけしようね」という次への希望や期待をぶち壊して来たのは、自分自身の身体だった。
体調が悪いとまた入院させられる……
入院したらまた遊びに行けなくなる……
だから必死に元気アピールをしていたのだ。
「……雪夜、みんなでお出かけしたのが楽しかったんだよね?」
「……ぅん」
雪夜が泣きながらうんうんと頷く。
「うん、そか。良かった!それじゃ、早く元気になってまたみんなで遊びに行こうね」
「おねちゅない!ゆちくんげんちなの!」
「ん~?そうかなぁ?」
「ないの!ないっ!ぬ~いん、ないの!」
「入院はしないよ?雪夜をひとりにもしない。いつも俺がいるでしょ?」
「……ゆちくん、らいじょぶ……らいじょぶよ……」
雪夜が自分に言い聞かせるかのように、小声で繰り返しながら視線を泳がせた。
少し落ち着いてきたらしい。
「うん、雪夜は大丈夫だよ。入院しなくても大丈夫。ここにいていいんだよ」
「……ここ?」
「うん、ここで、もうちょっとだけ夏樹さんと一緒に寝ようか。そしたらもっと元気になれるからね」
「ねんね……」
「雪夜が眠たくないなら、夏樹さんにトントンしてくれるだけでもいいから。お願い!ね?」
「……ん」
ようやく納得したのか、雪夜はスンスンと鼻をすすりながら夏樹と一緒に横になった――……
***
それから雪夜の熱が下がるまで、リハビリを休ませるために数回このやり取りを繰り返した。
夏樹は毎回「入院はしない」「またみんなでお出かけをする」「ひとりにしない」を約束して「一緒にお昼寝」をしていた。
雪夜に付きっきりになるのは久しぶりだ。
話しを聞いた兄さん連中が交代で様子を見に来てくれて、雪夜に付きっきりで動けない夏樹の代わりに食事を作ってくれたり、夏樹が風呂に入っている間、雪夜に絵本の読み聞かせをしたりしてくれていた――
「雪ちゃん寝たか?」
「秒で寝ましたね」
夏樹に抱っこされている雪夜を見て、斎が苦笑した。
夏樹が風呂上りに脱衣所で髪を乾かしていると、雪夜が目を擦りつつ抱きついてきて、立ったまま寝落ちしてしまったのだ。
まだ乾かしている途中だった夏樹は、とりあえずそのままの状態で雪夜が倒れないように若干身体を傾けつつ急いで乾かして出て来たのだった。
「さっきから眠たそうにはしてたんだけどな、お前が出て来るまで待つって頑張ってたんだよ」
「あ~、なるほど」
「だいぶ雪ちゃんも熱下がって来たみたいだな」
「そうですね、ちょっと落ち着いて来たみたいですね」
斎からお茶を受け取って飲みつつ、雪夜の顔に触れた。
何か新しいことをする度に、雪夜が何かしらのイヤな記憶をフラッシュバックして不安定になるだろうということは、もう斎たちとも話し合って予想はしていた。
それでも……
「お出かけ……して良かっただろ?」
向かいに座った斎がフッと笑った。
「はい」
熱を出して、全身筋肉痛になって、入院させられるかもしれないというイヤな記憶を思い出して不安と戦いつつも、雪夜は「おでかけ、たのしかったね」と言う。
自分からは「また行きたい」とは言わないが、夏樹たちが言うと「うん、いこー!」と喜ぶ。
出かけたこと自体は雪夜にとっては楽しい思い出としてちゃんと記憶されているようで、少しホッとした。
「冬の間は学島先生が遊びを取り入れた筋力トレーニングをしてくれるって言ってるから、みんなで遊びながら鍛えるか。んで、春になったら、また遊びにいこう。なんせこの数日みんな雪ちゃんと次に何をするか計画立てまくってたからなぁ」
「あははは……」
様子を見に来てくれていた兄さん連中が、「また遊ぼう。一緒にお出かけしよう」が口約束じゃないと証明するために、雪夜と一緒に次に遊ぶ計画をいろいろと考えてくれていたのだ。
もちろん本格的な外出は斎が言うように春になってからになるが、少しずつ外に出る時間を増やしてみるのもいいかもしれない。
「と言っても、別荘の外はまだハードルが高いですよね……少し外に出るにしても、どこに行くかがまた問題だ……」
「だなぁ……ま、俺らがみんなで考えれば、何とかなるだろ」
何とかなるだろうとは思うが、考える人たちが全員ぶっ飛んでる場合は、どうあがいてもぶっ飛んだ内容にしかならないんだよな……
まぁ、兄さん連中もそれなりにちゃんと雪夜のことを考えてくれてるから、そんなにも心配はしてないけど……
「雪夜、絶対にまたみんなで一緒にお出かけしようね!」
「んぅ~~……」
夏樹がそっと囁くと、雪夜がむにゃむにゃと返事をした。
***
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