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夜明けの星 7.5-7(夏樹)
「さて……もうそろそろいいかな?」
ある程度準備が出来たところで、菜穂子が頭にカチューシャをつけた。
「はい、雪ちゃんもつけて~?どれがいい?」
雪夜の前に、いろんなカチューシャや帽子が並んだ。
「これなぁに?」
「これは、カチューシャだよ~!こうやって頭につけるの」
「かちゅ~~……?」
「へぇ~、可愛いのがいっぱいだなぁ。どれどれ?」
横から覗き込んできた浩二が、適当に手に取ったカチューシャを雪夜の頭につけた。
「お、か~わい~な~」
「あ、みんなもつけるからね!」
「……へ?」
菜穂子の問答無用の一言で、全員が何らかのカチューシャか帽子を選ぶことになった。
程なくして、全員の頭の上が賑やかになった。
「それじゃ、そろそろ始めるよ~!」
「はーい!」
「第一回『ちょっと時季外れだけど気にしない!クリスマスと正月が一度にやってきたスペシャル!』パーティ~~~~!!」
裕也が壁に吊られたタイトル看板の文字を元気よく読んだ。
って、だから、タイトル!!
そのまんまだし、長い!!
しかも、第一回って、何!?
第二回もあるってことか!?
夏樹はひとりで心の中でツッコみながら、半笑いで手を叩いた。
***
今日集まったのは、タイトル通りクリスマスパーティーと正月祝いをするためだ。
本当ならクリスマスパーティーは12月中にしたかったのだが、みんなの予定が合わなかったので結局は正月に一緒にしようと言うことになった。
そうまでしてクリスマスパーティーをするのには、理由があった。
「雪ちゃん、こっちがクリスマスゾーンで、あっちがお正月ゾーンだよ~!」
裕也が雪夜の手を引いて、長く繋げたテーブルの上の料理を指差しながら説明していた。
クリスマスと正月なので、料理ももちろん和洋折衷だ。
料理の種類や量が増えたので立食パーティーになった。
椅子やテーブルもあるので、座って食べることもできる。
「ぅわ~!……これ、とりしゃん?」
大量に並ぶ料理に大興奮の雪夜が、鶏の丸焼きを恐る恐る指差した。
「そそ、鶏の丸焼き。鶏さんありがと~!って感謝しながらいただくんだよ~?」
「とりしゃん、ありあと~!」
「うんうん、で、これがおせち料理ね」
「おしぇち?」
「おせち料理はお正月に食べる料理で、縁起のいいもの尽くしなんだよ~!え~と、どれがなんで縁起がいいのかは……突然ですが、ここで料理長の隆さんと中継が繋がっております。隆さ~ん!」
「お?はいはい、料理長ですよ~」
裕也に呼ばれた隆が、雪夜たちの元に急いだ。
「りょ~りちょ~!」
「え~と、おせち料理の説明か?」
「あい!――」
雪夜が全部の料理を見終わるまで、誰も料理には手をつけようとせず、部屋のあちこちに置かれた椅子に座って酒を飲みつつ、ニコニコしながら雪夜の様子を見守っていた。
***
今の雪夜にとっては、クリスマスも正月も初めてだ。
そもそもこの数年間、年末年始と言えば雪夜は入院中だったり、夏樹以外の人には会えなかったりで、パーティーどころじゃなかった。
そして実は、夏樹が雪夜と付き合い始めてからでも、初めてだ。
なんせ、雪夜の嘘で、形だけの恋人として付き合い始めたのが9月。
ちゃんと雪夜に告白して、改めて付き合い始めたのがおよそ半年後の4月。
この微妙な関係性だった半年の間にあったイベント事は、「会うのは金曜の夜だけ」という暗黙のルールのせいでことごとく回避されてしまった。
別にそういったイベント事は当日じゃなきゃダメなんてことはないはずだが、雪夜は「金曜じゃないから仕方ないですよね」と言うと、それきり口にすることはなかった。
夏樹もその頃はまだ雪夜への自分の気持ちに気付いていなかったので、プレゼントがいらないならラクでいいな。と思ったくらいだった。
うん、その頃の自分を殴り飛ばしたい。
そんなわけで、昨年末のクリスマスが夏樹たちにとっても二人で過ごす初めてのクリスマスになったのだが……
夏樹も別荘に引き籠り中だからこっそりとプレゼントを買いに行くことができない。
ネットで注文して、斎さん宅に届けてもらってこっちに持って来てもらうことはできるが、できるなら実物をちゃんと見て決めたい。
なにより雪夜は精神年齢がお子ちゃまなので、クリスマス自体を知らないし、オシャレな演出をしてもその後二人でイチャイチャ出来るわけでもない……
どうしたものかと悩んでいると、斎が「ホームパーティー的なクリスマスをするなら、どうせならみんなでしようぜ。雪ちゃんも今はワイワイする方が楽しめるだろ。恋人らしいクリスマスは、雪ちゃんの精神年齢がもう少し上がってからすればいい」と言い出した。
まぁ、斎の言葉も一理ある。
今の雪夜に必要なのは、夏樹と二人っきりの甘いクリスマスよりも、家族みたいなみんなに囲まれて過ごす楽しいクリスマスの思い出なのだ。
で、兄さん連中にあれよあれよと話しが広まり、夏樹が返事をする前にもう勝手に話が進んで、今回の『クリスマスと正月を一度に祝うパーティー』の詳細が決定していた。
もちろん、お出かけと一緒で『雪ちゃんが思いっきり楽しめるように全力を尽くす』と言うのがコンセプトにあるので、料理も飾りつけも全力だ。
その結果、超豪華な料理が並ぶことになったので、先に雪夜にじっくりと料理を楽しませてあげようということになったのだ。
***
「な~つきさん、雪夜の背中なんか撮ってどうすんだ?」
ドンっと肩に重みを感じて横を見ると、佐々木が肩に腕を乗せて背後から覗き込んで来ていた。
夏樹は裕也と料理を覗き込んでいる雪夜の様子を動画で撮っていた。
「うるさいな、ヒマだから撮ってるだけだ!」
「あ~、裕也さんに雪夜を取られちゃったからいじけてるのか!」
「そうですけど、なにかっ!?」
「夏樹さん、どんまい!」
佐々木が憐れむような目でポンポンと肩を叩いて来た。
「それにしても、マジでホテルのビュッフェ並みだよな~……」
「翠 !俺あとで絶対あのでっかい海老食う!!」
「俺はカニかな~。でもまずは……――」
テーブルの上に並ぶ料理を眺めながら、相川と佐々木が何から食べるか算段を始めた。
***
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