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夜明けの星 7.5-10(夏樹)
扉を開けて意気揚々と入って来たのは、浩二ではなく、瀬蔵 だった。
ヒゲや帽子をつけていても、声と体格でわかる。
そして、その後ろには……
全身トナカイの着ぐるみを着た愛華 と詩織 が立っていた。
こちらも、赤くて丸い鼻をつけているものの、顔を隠しているのはその鼻だけなのでバレバレだ。
満面の笑みの三人に対して、夏樹たちはみんな虚無の表情になっていた。
え、なにやってんの?この人たち……
ねぇ、今日何日か知ってる?
1月1日なんですけど……?
正月の集まりはどうしたよ!?
挨拶回りは!?
うちの組だけならまだしも詩織さんまでなにやってんだよっ!?
夏樹たちは思わず頭を抱えた。
今頃、組の方では若頭を始めとする幹部連中が大騒ぎをしているに違いない……
組長たちがこんな格好してるなんて知ったら、若頭たちが卒倒しそうだな……
「しゃ……」
「へ?」
「しゃんたしゃんだああああああああ!!!」
微妙な空気に包まれたリハビリルームに、雪夜の嬉しそうな声が響き渡り、全員我に返った。
雪夜が自分の頬を両手で挟んで、瞳をキラキラと輝かせながらサンタを凝視する。
「え!?サン……あ、うん……」
「あ、あぁ……サンタ……だな」
「サンタさんだねぇ……アハハ……」
そうだ、今はクリスマスパーティーをしていたんだっけ……
なんていうか、化け物サンタたちのせいで気分はハロウィンだけど。
雪夜が思った以上に喜んでいるので、みんな雪夜に話を合わせてくれて、ツッコミたい気持ちを必死に堪えていた。
「なちゅしゃ!しゃんたしゃん!!しゃんたしゃんよ~!!」
「え?あ、うん、そうだね!」
「しゃんたしゃ~~~ん!」
興奮した雪夜が、夏樹の腕を揺さぶりながら、サンタに向かって手を振った。
はしゃぐ雪夜は可愛い……
可愛いけれども……
「おうよ~~!俺っちがサンタさんだぞお~~!」
喜ぶ雪夜の様子に気をよくした瀬蔵サンタが嬉しそうに手を振り返す。
俺っちとか言ってるサンタなんて見たことねぇよっ!!
「お~い、雪ちゃ~ん!トナカイさんもいるぞぉ~~?」
「トナカイさんだよ~!」
黙っているのに飽きたのか、詩織と愛華が瀬蔵サンタを押しのけて前に出て来た。
「ちょ、おいこら、お前ら!サンタよりも目立つなっ!!」
「とな……かい?」
雪夜が、トナカイがなんで人間の恰好してるんだ?と、若干訝し気な顔をした。
うん、そうだよね!
変だよね!
よ~し、雪夜!その調子でどんどんツッコんでいこ~!?
「え~と……うん、あれだ!ほら……トナカイさんはクリスマスの時だけは人間になれるんだよ!」
「そ……そうそう、そうなんだよ~!雪ちゃんに会いたくて人間の姿になったんだよぉ~!」
詩織と愛華が無理やり『トナカイはクリスマスの日だけ人間になれる』説を作って、それっぽく話す。
いやいや、いくら雪夜でも、そんな話に誤魔化されるわけが……
「……おお~~!しゅごいね~!となかいしゃん、おはなしできるね~!」
「うんうん、お話が出来るんだよぉ~!」
やだもう、うちの子ってば素直ぉ~~!!
思いの外あっさりと納得した雪夜に、夏樹は内心崩れ落ちて、詩織トナカイと愛華トナカイはホッと胸を撫でおろした。
「雪ちゃぁ~~ん、ほらほら、サンタさんだぞぉ~~~!」
雪夜がトナカイに納得したところで、瀬蔵サンタが両手を広げてじわりじわりと近付いて来た。
やっぱり……そういうことか!
……このおっさん、サンタの恰好すれば雪夜を抱っこできると思ったんだな!?
もう瀬蔵の考えは誰の目にも一目瞭然だった。
ところが、
「……ぃやんよっ!……っなちゅしゃ!!」
さっきまで大喜びしていた雪夜が、慌てて夏樹の背中に隠れた。
「はいはい、サンタさんそこでストッ~~プ!!」
雪夜の様子を見て、夏樹がサンタにストップをかける。
「な、なんだよ!?」
「圧が強すぎなんですよ!サンタさんはそこの椅子に座ってて下さい。急に近付いてこられたら怖いですから!」
「ええ~!?だっておめぇ、俺っちはサンタさんだぞ!?」
いや、お前はどう見ても瀬蔵のおっさんだっ!
「雪夜はサンタさんは絵本の中でしか見たことがないんです。だから、急に実物に近付かれるのはまだ怖いんですよ!」
「え゛!?そ、そうか……言われてみりゃあ、そうだよな。そりゃすまねぇことしたなぁ。わかった。雪ちゃん、ここなら大丈夫かい?」
瀬蔵が帽子の上から頭をポリポリと掻きながら、入口近くの椅子に座った。
愛華と詩織も若干しゅんとしながらその隣に座る。
「雪夜、ほら、サンタさん座ってるから怖くないよ~。サンタさんからは何もしないから、好きなだけ見てきていいよ」
まるで見世物小屋だな……と斎が小声で呟いて笑う。
まぁ……間に柵がないだけマシかと……
「しゃんたしゃん、こない?」
「うんうん、サンタさんからは来ないからね」
「……なちゅしゃんもいこ?」
「わかった、一緒に行こうか」
夏樹は、まだちょっと怯え気味の雪夜の手を引いてサンタたちの前に連れて行った。
***
雪夜は最初は夏樹の背中に隠れながら見ていたが、徐々に慣れてきて距離が縮まって行き、およそ30分後には瀬蔵サンタ念願の“お膝抱っこ”に成功した。
「雪ちゃんはいい子だなぁ~!」
「ちょいと、ズルいよ!今度は私の番だよ!」
「二人とも、早く交替してよ~!」
瀬蔵サンタ、愛華トナカイ、詩織トナカイが交替で雪夜を抱っこしてご満悦になっていると、数人の足音が聞こえて来た。
浩二と一緒に入って来たのは、それぞれの組の幹部たちだ。
「チッ、時間切れか……」
「しゃんたしゃん?」
「雪ちゃん、サンタさんたちはそろそろ行くよ」
「もういっちゃうの?」
「あ~、えっと、次の子どものお家に行かなきゃだからね!それじゃあ、雪ちゃん、また次のクリスマスに会おうね~!」
瀬蔵たちは、名残惜しそうに手を振る雪夜の頭をポンポンと撫で、それぞれの組の幹部たちと一緒に帰って行った。
瀬蔵たちがいたのはたったの1時間弱だったのに、夏樹たちにはやけに長い時間だったように感じた。
あ~、どっと疲れた……
***
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