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夜明けの星 7.5-16(夏樹)

「久しぶり……」  夏樹は、迷うことなくその墓石に辿り着くと、しばらく墓石の前で立ち尽くした。  ようやく言葉を絞り出したものの、続ける言葉がなかった。  ここに眠っているのは、夏樹の実の両親だ。  元々夏樹の家の菩提寺は別にあったが、両親が亡くなった後、親族間をたらいまわしにされていた数年間一度も両親の墓参りに行かせてもらえなかったことを知った瀬蔵が、夏樹を引き取る際、親族間との縁切りを理由に両親の墓をこの寺に移した……らしい。  当時の詳しい経緯は、瀬蔵たちに任せてあったので夏樹にはよくわからない。  ここは瀬蔵たちの白季(しらとき)家の菩提寺だ。   「ここにはあいつらは来ねぇ。いつでも好きな時に墓参りできるぞ」  と言われたが、白季家からは結構遠いのでそんなにしょっちゅう来れるわけではない。  それに、夏樹にしてみれば、自分は両親に感があって、「どうせなら俺も一緒に連れて行ってくれればよかったのに……」と若干両親を恨めしく思う気持ちもあったので、白季家に引き取られてからもなかなか素直に墓参りに来る気にはなれなかった。(年に一回は愛華に無理やり引きずられてきていたが……)  夏樹がひとりで墓参りに来る気になれたのは、社会人になってからだ。  と言っても、いつも何も言えなくて、黙々と墓石を掃除して、ただじっと墓石を見つめるだけで帰る。  両親に対して、もう恨む気持ちはない。  というか、両親が亡くなった後の人生がそれなりに波乱万丈で結構濃かったので、両親のことを思い出す暇もなかったし、もうぼんやりとしか思い出せない。    まぁ……一番波乱万丈なのは、まさに今だけど……    夏樹はここ数年、雪夜に付きっきりで墓参りに来ていなかった。  兄さん連中が初詣にここを選んだのは、夏樹に墓参りをさせるためでもあったのだろうと思う。  今回、ここに雪夜を連れて来なかったのは、実父と実姉を亡くしている雪夜に、墓石が並ぶこの場所がどんな影響を与えるのかがわからなかったからだ。  隆文(たかふみ)は、雪夜は実父と実姉の墓参りをしたことがないと言っていた。  それはそうだろう。  記憶を弄ったせいで、雪夜は二人が亡くなっていることは知らなかったのだから。  もちろん、研究所にいる実母も墓参りに行けるわけがない。  そんな二人の代わりに、隆文が年に数回墓参りに行ってくれているらしい。    いつか、雪夜も実父と実姉の墓参りに行けるようになる。  その時には、夏樹も一緒に行こうと思っている。  そして…… 「……また来るよ。いつになるかわからないけど……」  夏樹は墓石に向かって呟くと、大きく深呼吸をして、来た道を戻った。   *** 「なちゅしゃああああああん!!」  声のする方を見ると、寺務所の前でもこもこダルマが手を振っていた。  ちょっと感傷に浸っていた夏樹は、思わず吹き出した。  もこもこにしたのは自分だが、改めて遠くから見ると結構なインパクトだ。  笑いながら手を振り返し、雪夜の元へと足を速めた。 「お待たせ!雪夜、ご機嫌だねぇ。何かあったの?」 「なちゅしゃ~!」  両手を広げて抱きついて来たもこもこダルマを抱き上げると、雪夜がニコっと笑った。 「あのね、あま~いみかんたべた!」 「ん?」 「生臭坊主がお茶とお茶菓子を出してくれたんだよ。お前の分もあるぞ」  寺務所の中から斎の声がした。  中を覗くと、みんな寺務所に上がりこんでくつろいでいた。  この寺の住職も昔ヤンチャしていたらしく、あまり坊さんらしくない。  瀬蔵より少し年上らしいが、二人並ぶと住職も普通にの人間に見える。  瀬蔵たちのことを怖がることもないので、愛華が若い衆を引き連れて来て、数日間修行体験をさせてもらうこともあり、斎たちも修行に連れて来られたことがあるので、住職とは顔見知りなのだ。 「なちゅしゃ、みかんおいし~の!」 「そうなの?じゃあ、俺も食べようかな」 「なんだ、また増えたのか?何人だ?」  雪夜を抱っこしたまま寺務所に入ると、坊主頭のいかつい顔をしたおっさん……住職がお茶を持ってきてくれた。 「いつもお世話になってます」  生臭坊主とは言え、一応れっきとした住職なので軽く頭を下げて挨拶をした。 「ああ、白季んとこの倅か。しばらく見てなかったなぁ。元気か?」 「はい、俺にもお茶菓子下さい」 「ああ゛?」  夏樹が手を出すと、住職が一瞬顔をしかめて夏樹の手の平をペチンと叩いた。 「そこにあんだろ?てめぇで取りやがれ!」 「雪夜、どれがおいしかったの?」 「あのね、えっと……?」  雪夜が菓子鉢の中をじっと見ていると、浩二が一つお菓子をつまみ上げた。 「雪ちゃん、これだろ?」 「ちがう!みかんよ?」 「もうみかんの形のはねぇな~。でもこれも同じもんだぞ?」 「おなじ?」 「どれどれ?ああ、練り切りですか」 「おいし?」    夏樹が和菓子切りで半分に切って食べていると、雪夜が真顔でジッと見て来た。  本当に自分が食べたものと同じか気になっているのだろう。 「うん、甘いね」  夏樹は半分残っていた練り切りを雪夜の口に放り込んだ。 「あま~いね~!」  雪夜が幸せそうな顔で笑った。  練り切りがお気に入りになったのか……  そんなに嬉しそうな雪夜が見られるなら、今度作ってみようかな。  そんなことを思いつつ周りを見ると、みんなが雪夜を見て頬を緩ませていた。  あ、これは……  俺が作らなくても近いうちに兄さん連中がこぞって練り切りをお土産に持ってくるやつだな…… 「ははは……」  夏樹は、お土産が練り切り祭りになっているところを想像して、頬を引きつらせた――…… ***

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