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夜明けの星 8-7(夏樹)

「よ、色男っ!」 「(いて)っ!!」  その夜遅く斎が別荘に来た。  裕也からは別荘に来るのは翌日になると聞いていたので若干驚いたが、夏樹は雪夜に付きっきりで風呂に入るタイミングを逃していたので、斎が来るなり挨拶もそこそこに眠っている雪夜を斎に任せて急いで風呂に入った。  風呂上り、夏樹の背中を見た斎の反応がだ。 「斎さ~ん、結構痛いんですけど……」 「そりゃそうだろ。風呂に入ったからまた血が滲んでるぞ?」 「え~?あっ、ホントだ……」  背中を拭くとバスタオルに血がついていた。 「ほら、そっち向け。薬塗ってやるよ」 「は~い、お願いしまっす」  さすがに背中の傷は自分ではどうしようもない。  そのうちに治るだろうと放置していたのだが、見かねた斎が軟膏を塗ってくれた。 「これまた、派手にやられたな~」 「久々にかなりパニクってたんで……」 「起きてからはどうだったんだ?」 「起きてからは……」 ***  昼過ぎに目を覚ました雪夜は、「おはよう、夏樹さんだよ。わかる?」と聞くと小さく頷いた。  一応夏樹のことは認知してくれているらしい。  それが昏睡状態になる前と後、どちらの“夏樹”かはわからないけれど……とりあえず“夏樹”だとわかってくれているならそれでいい。  ただ、ほとんど目を合わせてくれない。  笑ってくれない……  話してくれない……  どちらかと言うと、これも昏睡状態になる以前の不安定状態に近かった。    雪夜が無表情になるのはちょっと辛いが、この状態の時は夏樹にべったりになって離れようとしなくなるので、その点だけでも救われる。  昨夜パニックになっていた時は、夏樹のことがわかっていなかったので、夏樹が近付くと怯えて、触れると泣き喚いて、全力で夏樹を拒否っていた。  いろんな状態をみてきたが、やはり雪夜に拒否られるのが一番キツイ。  雪夜が悪いんじゃない……  雪夜は夏樹が何か別のものに見えているから拒否るのであって、夏樹自身を拒否っているわけではない……  わかっていても、雪夜に怯えられるのは……心が折れそうになる……  だから、たとえ無表情でも、ほとんど話してくれなくても、雪夜の方から抱きついてきてくれるのは……雪夜の温もりを感じられるのは……それだけでも安心する。 「じゃあ、結局雪ちゃんは風呂に入れなかったのか?」 「……無理でした」  昨日の今日なので脱衣所付近には近寄りたがらず、今日は雪夜を風呂に入れることが出来なかった。  ようやく風呂に慣れて来てくれたと思ったのに、また振り出しだ。   「そうか……」 「脱衣所がトラウマになった可能性ってあると思います?」 「全然近寄ろうとしなかったのか?」 「そうですね……顔を洗うのも手を洗うのも嫌がって、結局キッチンシンクの方で済ませました」 「う~ん……どの程度かはわからねぇけど、軽くトラウマになった可能性はあるな。脱衣所(あそこ)に行くとまた真っ暗になるかもしれないって」 「ですよねぇ……」  脱衣所自体がトラウマになってしまうと、その先にある浴室に辿り着くのは至難の業だ……  斎と二人、同じようにため息をつきながら頭を抱えた。 「いや、でも……うん、何とかなりますよ!っていうか、何とかします!」 「お?いいねぇ、何か策でもあんのか?」 「ないです!」 「ないのかよ!」  斎が思わずガクッとズッコケる仕草をした。 「策なんてないですけど……でも、たぶんこの先もこういうことはいっぱい起こるでしょう?」 「まぁ、そうだろうな」  いつか、雪夜の精神年齢が戻ったとしても、きっとこういうことはいくらでも起こり得るし、その度に雪夜はトラウマに苦しむはずだ。  出来るだけ雪夜が苦しまないようにしてあげたいけど、いくら夏樹たちが先回りして排除しても、今回みたいに予想外のことだって起こるし、自然災害みたいに予測不可能なことも起こる。  だけど…… 「……俺はいつも雪夜の傍にいるだけですよ。その都度雪夜が立ち直れるまで寄り添って行きます。俺に出来るのはそれだけなんで」 「そっか、そうだな。ま、お前もひとりじゃねぇんだから、俺らにも頼れよ」 「いつも、過ぎるくらい頼り切ってますよ」  雪夜のことに関しては、兄さん連中に頼りっぱなしだ。 「そうか?俺らが勝手にやってるだけな気もするけどな~。たまにはお前から、助けて~って言ってみろよ。コージなんて泣いて喜ぶぞ?」  浩二にも感謝はしている。  特に仕事面では……夏樹がこんな状態でも仕事を継続出来ているのは、浩二のおかげだ。  それはそれとして、 「浩二さんには言いたくないですね~。一生ネタにされそうだし」 「それは言えてるな」 「……ブハッ!」  斎と顔を見合わせて、同時に吹き出した。 「んん゛~……」 「っ!?」  一応声は抑えて話していたが、二人で笑い転げていると雪夜が「うるさい!」と言うように唸り声をあげたので、慌てて笑いを引っ込めた。 「ぁっと……雪夜ごめんね~……よしよし……」 「よ~しよし、雪ちゃん良い子だね~……もうちょっとおやすみ……」  斎と夏樹は雪夜の両側に寝転ぶと、軽くトントンと叩いたり、頭を撫でたりしつつ、二人で雪夜を寝かしつけにかかったのだった。 ***

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