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夜明けの星 8-9(夏樹)

 梅雨が終わる頃には雪夜はほとんど元に戻っていた。  笑顔や食欲が戻って来たし、よく喋ってくれるようになった。  ……と言っても、もちろん昏睡状態以降の状態だけれども……  ただ、やはり脱衣所には近寄ることが出来ない。  つまり、お風呂に入ることが出来ない。  入院していた時はそれこそ何か月も入ることが出来なかったし、トラウマが酷くなるので無理強いはしたくないのだが……  雪夜はリハビリを頑張っているし、季節的にも汗をかきやすいので、汗疹を防ぐためにも出来ればシャワーだけでも浴びさせたい。 「そうだなぁ、じっと寝ていた時と違って、今は動いてるから汗の量も違うし……雪ちゃん肌弱いからなぁ……」 「今はとりあえず濡れタオルで身体を拭いてるんですけど……」  身体は濡れタオル、髪はドライシャンプーで何とかやり過ごしてはいるものの、ドライシャンプーは匂いが気に入らないようで、雪夜には不評だ。   「う~ん……あ、菜穂子(なおこ)からだ。ちょっとすまん」 「あ、はい」  斎が電話に出るために一旦離れた。  夏樹は、隣で寝ている雪夜の頭を撫でつつ、ため息を吐いた。  手前で脱がせて抱っこして脱衣所を一気に通り過ぎる作戦も試してはみた。  外にお出かけする時には、車に乗るまで雪夜はいつも夏樹の胸に顔を埋めて別荘周辺の景色を見ないようにしていた。  その要領で目を瞑って浴室に行けばいいのではと思ったのだが……  結果は、まぁ……失敗だ。  服を脱ぐ時点でお風呂に連れていかれると察した雪夜が大暴れしたので、結局断念した。 「ナツ~」 「はい!なお姉は何の用事だった……ん?」 「菜穂子から」 「へ?俺に?」  斎が携帯を渡してきたので、思わずマヌケな顔で自分を指差した。 「浴室以外で身体や髪を洗う方法教えてくれるってさ」 「えっ!?ちょ、なお姉、そんな方法あるの!?」 「あ~るよ~?」  菜穂子がのんびりと返事をした。 「教えて下さい!」 「はいは~い。斎さんも一緒に聞いててね?ナツ君だけじゃ大変だから」 「ん?あぁ、はいよ~」 「あのね……」  菜穂子が教えてくれたのは、寝た状態で髪を洗う方法だった。  介護の現場で使われる方法らしいが、子どもが熱などで寝込んでいる時や、寝込んだ状態で嘔吐した時などにも使えるので菜穂子も知っていたのだとか。 「とりあえず、必要なものはそっちにあるものでどうにかなるでしょ?」 「そうですね、洗面器もビニールもタオルもあるし……」 「寝た状態で髪を洗うための洗髪器もあるけど、普通の洗面器で何とかなるとは思うよ」 「菜穂子、それってどこで買うんだ?介護用品の店?」 「たぶんネットとかで買えるんじゃないかな~」 「あ、じゃあ、今から頼んでおきます」 「うんうん、で、身体を洗うのはただ普通に(たらい)とかに座らせて、上からペットボトルシャワーすればいいだけだよ。雪ちゃんが嫌がらなかったらそこで髪を洗ってもいいんだけどね。盥に溜まったお湯を捨てるのが大変だけど、使ったお湯は空のペットボトルにまた入れていけばいいんだよ。灯油を移すしゅぽしゅぽするやつあるでしょ?あれ使えばわりと簡単に入れられるからね」 「あ、そうか。ペットボトルね!そうですよね!?ありがとうございました!なお姉大好き!」 「あははは、ありがと~!」 「おいこら!俺の嫁を口説(くど)くな!」 「あ、心配しなくても俺は斎さんも大好きですよ!」 「ならよし!」 「あははは」  菜穂子が爆笑しながら通話を切った。  ペットボトルか~!  盥を使って身体を洗うのは夏樹も考えていたのだが、浴室や外でもない限り、使用後のお湯の始末に困ると思って断念したのだ。  空になったペットボトルにまた汚れた水を戻して盥の水を減らすという発想が出てこなかった……  言われてみると簡単なことなのに、どうして思いつかなかったのか自分でも不思議でちょっと笑ってしまった。    な~んだ……そんなに考え込む必要ないじゃないか。  盥なら雪夜も怖がらないだろうし……髪も盥で洗えるかも! 「雪ちゃんが入れるサイズの盥か~……確か裏にあった気がするな。探して来る」 「はーい!」  盥風呂で髪も洗えるかもしれないので、夏樹たちはひとまず盥風呂の方を試してみることにした。 ***

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