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夜明けの星 8-10(夏樹)

「雪夜~、服脱いでここに座ってみて?」 「……なあに?」  斎が持ってきてくれた(たらい)を指差しながら、雪夜が訝し気に夏樹を見た。   「盥だよ。ここでちょっと身体洗うだけだから」 「おふろ!?」 「あ~、えっと、お風呂ぉ~……なんだけど、脱衣所(あっち)は行かないから大丈夫だよ?ここで入るだけ!ほら、明るいから怖くないよ?ね?」 「いやんよ!!おふろいやんなの!」  いやんか~……  夏樹はどうしたものかと頬を掻いた。  盥なら大丈夫かもと思ったのだが、脱衣所だけではなくにもまたトラウマが出ていたらしい……。  盥を見ただけで全力で拒否られてしまった。 「あ、ちょ!雪夜どこ行くの!?」 「やだやだっ!!こわいのっ!!」 「雪夜!」 「おっと、雪ちゃんどうした~?」  部屋から飛び出そうとしていた雪夜が、ちょうど部屋に入って来た斎にぶつかった。   「斎さん!」  斎は雪夜を見ながら夏樹に軽く手を挙げた。  任せろということらしい。 「おふろ、ぃやんなの!」 「お風呂イヤか~?そっかぁ~、せっかくこれ持って来たんだけどな~」  斎が倉庫から持って来た手動式の灯油ポンプの予備を雪夜に見せた。 「……これ、なあに?」 「ん?これか?これはな、ここをしゅぽしゅぽして……」  斎の説明を聞いてもいまいちピンと来ていない様子の雪夜に、斎がちょっと困った顔をして…… 「そうだなぁ、雪ちゃんの身体を洗ったらこれ使えるんだけどな」 「……おふろ?」 「ちょっとゴシゴシするだけだよ。盥は湯舟よりも浅いから、お水もちょっとしか使わないし、それに……ほら、見てごらん?このペットボトルでシャワー出来るんだぞ~!?」 「しゃわー?」 「うん、ここにはお湯が入っててな?これをひっくり返すと、シャワーになるんだ。見てみるか?」 「うんうん」 「じゃあ、ちょっとここ入って?」 「あい!」 「いくぞ~?」 「きゃ~!」 「えっ!?ちょ、斎さん!?服!!」  斎は巧みに雪夜を盥の中に誘導すると、その上からペットボトルシャワーをした。  もちろん、脱ぐ暇などなかったので、雪夜は服を着たままだ。   「ほら、シャワーだろ?」 「しゅご~いね!」  雪夜は服が濡れたことにも気づかず、ペットボトルシャワーに大喜びで手を叩いていた。 「あ、雪ちゃん服濡れちゃったな~、お着換えしなきゃだ。脱いじゃえ」 「あい!」  斎に言われて服が濡れていることに気付いた雪夜は、言われるまま服を脱ぎ始めた。  え、脱ぐんだ!?  さっきまで、お風呂イヤって言ってたのに!? 「おいナツ。ボーっとしてねぇで雪ちゃんが服脱ぐの手伝ってやれ。濡れてるからひとりじゃ大変だろ」 「え!?あ、はい!」 ***  斎のおかげで盥に入れた雪夜は、しゅぽしゅぽも気に入ったらしく、溜まっていくお湯を自分で一生懸命しゅぽしゅぽして空のペットボトルに移していた。  しゅぽしゅぽに夢中になっている隙に、夏樹と斎が雪夜の髪と身体を泡だらけにしていく。 「よっし、過去最高の泡立ち!」 「もうなんか雪ダルマみたいだな。雪じゃねぇから泡ダルマか。雪ちゃんもこもこだぞ~!」  無駄にやり切った感を出しつつ、二人でハイタッチをする。 「もこもこ~」  もこもこ雪夜が盥の中でペンギン歩きをしながらくるりと回った。 「……撮っていいですかね?」 「……これは撮るだろ」  次の瞬間、二人同時に手についた泡を落として、いつものごとく撮影会が始まった。 「雪夜こっち向いて~!あ、嘘っ!待って!あんまり動かなくていいよ、泡が落ちちゃう!」 「雪ちゃん、可愛いね~!」 「もっこもこよ~!」  雪夜もノリノリでポーズを決めてくれる。  が、ずっとそのままでは風邪をひくので、撮影会は数分で終わった。 「じゃあ、流すぞ~?」 「あい!」  雪夜がしゃがんで顔を覆った。  頭からお湯をかぶる準備は万端だ。  だが、斎がペットボトルをゆっくりとひっくり返して泡を流し始めたところで、夏樹は慌てて斎を止めた。 「あ、ちょっと待って斎さん!ヤバい。このままだと盥から溢れちゃいます」 「おっと……」  洗っている間、雪夜がずっとしゅぽしゅぽしていたのだが、雪夜の握力では両手を使ってもなかなかぎゅっと潰すのが難しいので、お湯を吸い上げても上までいかずに手を離したらまた元に戻ってしまい、実はほとんどお湯は盥に残ったままだったのだ。 「あ!ゆきや、する!」 「じゃあ、夏樹さんも一緒にさせてくれる?」 「い~よ?」 「ありがとう」  夏樹は雪夜に手を添えて、急いでお湯を移し替えた。    あ、これ……雪夜の握力鍛えるのにいいかもしれないな~ 「はい、じゃあ次こっちのペットボトルに入れるよ~」 「あい!」 「そろそろ大丈夫だろ。泡もだいぶ消えて来たし」 「あ、ですね。じゃあ雪夜、頭流そうか」 「あい!」 ***  雪夜は盥風呂が気に入ったらしく、その後も何とか盥風呂には入ってくれるようになった。  兄さん連中も面白がって手伝ってくれるので、ほぼ毎日入れる。  何より、盥風呂で髪も嫌がらずに洗えたので助かった。  だがこれは完全な解決策ではない。  盥風呂が出来るのは夏の間だけだ。  いくら室内は空調が一定にしてあるとは言え、やはり冬はちゃんと湯舟に浸からないと寒い。  冬になるまでには浴室に入れるように、何か方法を考えないとな……    ともあれ、ひとまず盥風呂は成功したので、夏樹はホッと胸を撫でおろした。 ***

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