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夜明けの星 8-13(夏樹)
ちょっと待て!!今どういう状況!?
雪夜がパニックを起こした時に夏樹のことがわからなくなることはある。
でも、雪夜がパニックを起こすのは過去のトラウマに関係している時なので、大抵口走る言葉は、「いやだ」「たすけて」「こわい」「いたい」というようなトラウマに関する言葉だ。
今回みたいに「おきなきゃ!」という言葉が出て来たのは、夏樹が覚えている限り初めてだ。……と思う。
しかもパニックになっている時に「なつきさんにあいたい」と夏樹のことを口走るのは、雪夜が今の状態になってからは初めてだ。
そもそも、夏樹が目の前にいるのに急にパニックになったのが解せない。
どこにトリガーがあったのか……何に反応しているのか……
雪夜の状態がわからず、夏樹も混乱していた。
「雪夜!落ち着いてこっち見て!?ほら、俺が夏樹だよ!?夏樹さんだよ!?」
「ちがうっ!!ちがうのっ!!なつきさんがいいの!!」
パニックになっている時、雪夜の目は虚ろで視線が合わないことが多いのだが、今の雪夜はしっかりと夏樹を見ている。
ってことは、人間が鬼に見えていた時みたいな状態か?
雪夜の目には俺は別のモノに見えてる?
でもそれにしては……いつもよりもしっかりと目が合うんだよな……
「雪夜、今起きてるんだよ?さっき自分でつねったのも痛かったでしょ?ほら、頬が赤くなってるじゃない!」
どれだけ強くつねったのか、頬に爪痕がくっきりと残って赤くなっていた。
「いたいぃいいい!!やだぁああ!!なんでぇええ!?」
「……ふはっ!ははっ……」
雪夜は夏樹に言われてようやく痛みを感じたのか、頬を押さえながらさらに泣き始めた。
その姿に、思わず吹き出してしまった。
おかげで、少し肩の力が抜けた。
何でって……思いっきり自分でつねっちゃったからだよ?
「うんうん、痛いよね、ちょっと冷やそうか」
夏樹は痛みのせいで大人しくなった雪夜を抱っこしたまま、冷凍庫から保冷剤を取りだした。
「雪夜は夏樹さんに会いたいの?」
いつもと違うパニックの様子に最初はちょっと焦ったが、ひとまずいつも通り雪夜に合わせながら様子を探ることにした。
「なつきさんがいいっ!」
「ぅ~ん、俺も夏樹さんなんだけどね……雪夜はどういう夏樹さんがいいの?かっこいい夏樹さん?優しい夏樹さん?」
「ほんもの……の……なつきさん、がいい……」
雪夜が若干申し訳なさそうな顔で言う。
“本物”の夏樹さんかぁ~……
じゃあ、今雪夜を抱きしめてる俺は“偽物”の夏樹さんってことになるのか……
「そっか……そうだよね、本物がいいよね……」
なんかごめん……本物っぽくなくて申し訳ない……
いや、本物なんだけどっ!!
雪夜の中の俺って一体どうなってるんだろう……?
「は、やく……っおき、なきゃ……ック……なつ、き、さんに……ヒック……あいたい……」
雪夜は暴れ疲れたのか、ようやく落ち着いてきた。
若干諦めモードになった雪夜が、それでもしゃくり上げながら繰り返し呟く。
雪夜の背中を優しく撫でて落ち着かせつつ、夏樹はふと気づいた。
あれ?そう言えばさっき雪夜自分のこと……俺って言ってなかった?
「……」
夏樹は、少し考えて軽く天井を見上げ大きく息を吸い込むと、ゆっくりと吐き出した。
「雪夜……」
雪夜をやんわりと抱きしめる。
「大丈夫、逢えるよ。本物の夏樹さんも雪夜のこと待ってるからね。雪夜が起きて来るのをちゃんと待ってる」
「まっ……ヒック……って、る?」
「うん、待ってるよ。……ずっと……ね」
「……なつ……さ……ん」
雪夜が安心したように大きく息を吐き出して、全身の力を抜いた。
「待ってるからね……」
自分の腕の中で寝息をたて始めた雪夜の頭にそっと口付けて、夏樹はしばらく雪夜の頭に顔を埋めていた。
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