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夜明けの星 8-14(夏樹)

「ふ~ん……なるほどね~……」 「どう思います?」  夏樹は、カメラ映像で昨夜の雪夜の様子をチェックしている斎の前にコーヒーを置いた。 「『起きなきゃ』……か……」 「はい……」 「まぁ、たぶんお前の考えは間違ってないと思うよ」 「……ですよね」  昨夜の雪夜は、たぶん精神年齢がほぼ実年齢に近かったのだと思う。  夏樹のことも口にしていたので、少なくとも大学2~4年の頃の状態。  今までにも、ごく短時間ではあるが大学生の雪夜が出て来ることはあったけれど、どれも不安定状態の時の雪夜で、昨夜ほどハッキリと出て来たのは初めてだ。 「言動から察するに、雪ちゃんは、自分が夢の中にいると勘違いしていたみたいだな」 「はい」 「まぁ、寝ぼけていれば、夢か現実かわからないってことは俺たちでもあるけど……ナツが見た時には寝ぼけてるようには見えなかったんだろ?」 「最初は寝ぼけているのかと思ったんですけど……寝ぼけている時の目じゃなかったんですよね……」  雪夜はしきりに「起きなきゃ!」を繰り返していた。  “怖い夢から早く醒めたい”と思うのはわかるが、昨夜夏樹と話していたあの時はどう見ても目を覚ましていたし、ただリビングで座っていただけなので、特に怖いことなどなかったはずだ。  それなのに、夏樹が話しかけると発作を起こす程に動揺していた。  あれは一体…… 「発作が落ち着いてもお前のことを偽物だと思ってたなら、結構な思い込み状態だよな。それに……何をどこまで夢だと思っていたのかっていうのが気になるな」 「そこが難しい所ですよね……」  夏樹が息を吐きつつうなじを掻いていると、斎が夏樹の顔をマジマジと覗き込んで来た。 「何ですか?」 「いや……もしかして……ナツの見た目が、雪ちゃんが知っているナツじゃなかった……ってのが原因だったのかもしれないと思ってな?例えば髪型とか……」 「えっ!?そんなまさか……あ~……そりゃまぁ……雪夜が昏睡状態になる前と今じゃ、髪型は違うと思いますけど……でも、顔はそんなに変わってないでしょ!?……え、俺そんなに老けました!?」  夏樹は思わず自分の顔を撫でた。  ここ数年、ほぼ別荘に引き籠っているので美容室には行けていない。  髪は雪夜と一緒に(あきら)にカットしてもらっているが、カットするタイミングは雪夜の気分次第なので、晃が別荘に来るタイミングと雪夜のタイミングがうまく合う日はなかなかない。  そのため、今の夏樹はほとんど髪を後ろで纏めている。  外出をしないので特に身なりに気を使うこともない。……というか、そんなものに構っていられるような余裕もなかったのだけれども……  でも、精神年齢が何歳だろうと雪夜には『かっこいい夏樹さん』と思ってもらいたいので、最低限の肌ケアと筋力トレーニングで体型維持はしている。  とは言え……雪夜が昏睡状態になったあの日から、目まぐるしくも緩やかに過ぎ去った年月を考えると……  そりゃ俺も多少は老けるか…… 「おいおい、お前が老けたっつったら俺らはどうなるんだよ?」 「いや、兄さんらは化け物ですし」 「お?ケンカ売ってんのか?」 「いえ、褒めてます」 「ははは、まぁ、冗談は置いといて……俺らは付き合いが長いからいまさらナツがどんな髪型をしていようが何とも思わねぇけど、例えば……」  斎の話しはなるほどと思うことばかりだった。  例えば、目覚めた時の雪夜の記憶が“実家の階段から落ちた辺り”の状態で止まっているとする。  あの頃の夏樹は、もちろん今より髪が短かった。  それなのに隣で寝ている夏樹の髪が長かったら、雪夜にとってそれは“夏樹に似ているけれど知らない人”になる。  それにだって、以前の雪夜が知っている娯楽棟とはだいぶ内装が変わっているので、雪夜にしてみれば“知らない場所”だ。  つまり、“知らない場所で、限りなく夏樹に似ている人と一緒のベッドで寝ている”ということになるのだから、「これはきっと夢の中に違いない!」と思い込んでしまうのも仕方のないことだ。  寝室に取り付けられていたカメラを確認すると、目を覚ました雪夜が驚いた顔で隣で寝ている夏樹を5度見くらいして首を傾げている様子や、寝室の中をキョロキョロと見回して首を傾げている様子が映っていたので、そこからも雪夜の困惑具合が読み取れる。 「だから、お前が話しかけた時は、雪ちゃんの頭の中はかなりパニクってたんだと思うぞ」 「なるほど……」  というか、そんな状況になったら夏樹だって混乱して「これは夢だ」と思うだろう。  そういえば、「どういう夏樹さんがいいの?」と聞いた夏樹(本物)に向かって、若干申し訳なさそうに「本物の夏樹さんがいい」と言った雪夜の顔を思い出した。  偽物だと思っていても、夏樹と同じ顔をした相手に言うのは気が引けたのかもしれない。   「可愛いですよね」  思わず心の声が口から出た。 「あ?」 「あ、間違えました。いや、可愛いのは間違ってないですけど。そうじゃなくて、えっと……俺何を言おうとしたんでしたっけ?」 「知るか!」  斎が思わず吹き出す。 「あぁ、そうだ。ってことは、昨夜の雪夜は完全に大学生の状態だったってことですよね?」 「まぁ、その可能性が高いな」 「そっかぁ……」  大学生の状態……精神年齢が実年齢に追い付いて来た……  年相応の雪夜に会える日も近いかもしれない。  と、嬉しい反面、夏樹には気がかりなことがあった…… ***

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