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夜明けの星 8-16(夏樹)

 その後、雪夜は2日間……一度も目を覚まさないままただ昏々と眠り続けた。  病院ならまだしも、別荘でそんな状態になったのは初めてだ。  どれだけ具合が悪くても、食欲がなくても、さすがにずっと眠りっぱなしということはなく、薬を飲むためやトイレに起きることはあった。  それなのに、今回はいくら夏樹が起こそうとしても全然目を覚まさなかった。  このままだと、さすがにヤバいよな……食事も薬も……水さえ摂取してないし……  入院させた方がいいか……?  最初はそのうちに目を覚ますだろうと思って寝かせていたが、先日まで感じていた嫌な感覚のせいもあり、2日目になっても一向に目を覚ます気配のない雪夜の様子にさすがに不安が募った。  まさかこのまま……また……  いつもと違う雪夜の発作。  ずっと感じていた違和感。  「早く起きなきゃ」と泣いていた雪夜は……まさか夢の方を現実だと思ってるとか?   「雪夜……待ってるって言ったでしょ?……起きておいで……“本物”の俺はこっちにいるよ……」 ***  3日目の朝、あいかわらず夏樹が揺り動かしても目を覚ます様子はなかったが、口移しで水を飲ませると少しだけ飲んで、軽く咳き込んだ。  結局すぐにまた眠ってしまったが、少しだけでも水分を摂取してくれたので、ホッとした。 「――そうか、少し反応があったんだな。まぁ、それまでしっかり食べていたようだし、2~3日くらいならまだ大丈夫だが……この状態が続くようなら入院させた方がいいだろうな」  雪夜の栄養状態が心配になった夏樹は斎に相談をし、隆文に連絡することになった。  隆文は忙しいスケジュールをどうにか調整して、その日の夜にやってきた。  驚いたことに、起きないのは記憶の方にも何か関係しているかもしれないから、と工藤も連れて来てくれた。 「……まさかこのまま……また目を覚まさないなんてことにはなりませんよね……?」 「それはない。……と思いたいが、私にも何とも言えないな」  夏樹の問いに、隆文が曖昧に答える。 「ぶつかったり、転んだりして頭を打つようなことはなかったんですよね?」 「はい。停電になった時もその場にしゃがみ込んでいたのでぶつけてはいないと思います」  二人には最近の出来事の中で、雪夜に影響を与えたかもしれないと思われる出来事を簡単に話した。  工藤は停電になった時の発作や、こうなる直前の大学生雪夜の様子が気にかかったらしい。 「だが、きみは暗くて見えていなかったのだろう?」 「見えなくてもぶつけていれば音がするでしょう?」  隆文の非難めいた口調にはもう慣れているので、淡々と返す。   「まぁ……それはそうだが……ぅ~ん……」  隆文と工藤も、原因がわからず軽く唸った。 「頭に衝撃を受けるようなことはなかったはずなんですが、ただ……」  雪夜がうなされていた時の様子を話すと、二人が揃ってさらに唸った。 「姉のこと……ですか……」 「はい……あの、雪夜は姉に突き落とされたんですよね?」  夏樹は工藤の顔を見た。   「はい。と言っても、その現場を見た人は犯人だけなので……一応、雪夜くんからも後日ある方法を使って話を聞いていますが、なんせ当時3歳の子の記憶なので何とも……ただ、真実はどうであれ、確実なのは……雪夜くんの中では、『理由はわからないが姉を怒らせてしまった』ということと、『姉にドンって押された』ということが強く印象に残っていて、その後犯人によるマインドコントロールのせいで、『姉が亡くなったのは自分のせいだ』と思い込んでしまっているということですね」  裕也たちの調べでも、犯人の調書を読む限りそんな感じだったし、以前酔っ払った雪夜が口走っていたのも、似たようなことだった。  その点はブレていない。  ということは、それが真実である可能性は高い。 「そうですか……」 「何か気になることでも?」 「いえ……」  「ねぇね」「ごめんなさい」「なんで?」……雪夜のうわ言も、それらの話しと照らし合わせても特におかしいところはない。    俺の気のせいなのか?  でも、やっぱり微妙に違和感があるんだよな…… 「とにかく、ずっと一緒にいるきみに心当たりがないと言うなら、眠り続けている原因を探るのは、ここではこれ以上どうしようもないな」 「そうですね」  もし明日になっても目を覚まさないようなら夏樹たちが病院に連れて行くということになり、隆文と工藤は慌ただしく別荘を後にした。   *** 「上代もだいぶ変わったな」 「はい?……どこら辺がですか?」  夏樹は斎の言葉に顔をしかめた。  隆文は一応雪夜の義父だし、雪夜の体調が悪くなった場合は隆文に頼るしかないのだが、いくら慣れたとは言っても隆文の態度はあまり気持ちのいいものではないので、どうしても夏樹もぞんざいな態度になってしまう。 「雪ちゃんを置いて帰ったじゃねぇか」 「……え?」 「このまま連れて帰って入院させることも出来たのに、明日になっても目を覚まさないようなら連れて来いって言って置いて帰っただろう?つまり、ナツの判断に任せるって言っているんだよ」 「あ……」  言われてみればその通りだ。  以前の隆文なら、きっとこのまま連れて帰ると言っていたはずだ。   「まぁ、今の雪ちゃんがどういう状態か誰にもわからないし、ここまでずっと雪ちゃんに向き合ってきたのはナツだからな」  雪夜が入院するとなると、また夏樹も一緒に付きっきりになる。  だから、雪夜の状態にもよるが、入院させるかどうかは夏樹の判断に任せるということらしい。  異常が見つからなければ、無理に入院させなくても通院でもいいし、知り合いの医師に往診を頼んでもいいのだ。  雪夜に関しての決定権を夏樹に委ねてくれているのは、それだけ隆文が夏樹を信頼してくれているということなのだろう。   「全然信頼してるって態度じゃないんですけどね……」 「ははは、まぁ、上代の場合はあれがデフォだから仕方ねぇな。とにかく……――」  入院するかはまた考えるとして、明日の朝、雪夜が起きなければ病院には連れて行くし、目を覚ましたとしても検査はしておいた方がいいだろうと言うことになった。    お願いだから……少しでもいいから目を覚まして……   ***

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