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夜明けの星 8-19(夏樹)
それから2週間程経った。
あの日、念のため雪夜を病院に連れて行ったが、検査結果は特に異常なしだった。
異常なし……というか、昏睡状態から目覚めた時と比べて、変化なしという方が正しいかもしれない。
雪夜は深夜にテラスまで歩いたせいで疲れたのか、検査中もずっと眠っていた。
ただ、夏樹以外の人間に身体を触られるとむにゃむにゃと文句を言って抵抗しようとしていたので、実際には寝て起きてを繰り返していた感じだ。
「――わかった。そういうことなら、入院させると余計に混乱させてしまうかもしれないな。今のところ異常はなさそうだし、ひとまず自宅療養でも問題はないだろう……」
深夜の雪夜の謎行動を話すと、隆文も検査結果とにらめっこをしつつ、別荘で様子見をすることに賛成した。
ちなみに、雪夜が夏樹に囁いた言葉については、話す必要性を感じなかったので隆文には話していない。
基本的に夏樹は恋人とのプライベートなことは他人に話したくない。
斎に話したのは、斎なら客観的な意見をくれると思ったのと、軽くパニクっていたのでひとりでは消化しきれなかったからだ。
***
この2週間、雪夜は毎日頑張ってご飯を食べて、身体も動かしている。
おかげで身体はすっかり元気になった。
精神状態は……不安定状態だった時の大学生雪夜でほぼ固定されているようだ。
不安定だろうと、一応大学生の頃の記憶があるので……
夏樹=鬼じゃないなにか。ずっと傍にいてくれる安全な人。
……というぼんやりとした認識ではなく、ちゃんと“恋人の夏樹さん”として認識してくれているのは嬉しい。
とは言え、不安定な時は雪夜の言葉数は一気に減るし、こちらの質問に対しての反応も微妙なので、あの日の謎行動についても、雪夜がどこまで過去について覚えているのかもまだ何もわかっていない。
不安定になると食欲がなくなるのが難点だったが、今回は雪夜は自分の意思で頑張って食べているので、問題ない。
そこだけ見れば良い傾向だ。
問題なのは、その目的……
雪夜が頑張っているのは……夏樹に抱かれたいからだ……
……うちの子はそんな目的のためにご飯食べたり運動したりするような子じゃないんですよぉおおお!!
どう考えても、俺の知ってる雪夜じゃないぃいいいい!!
どうして急に性欲爆発させてんの!?若さ!?若さなの!?
しばらく子どもの状態になってたから、めちゃくちゃ溜まってるってこと!?
だったらヌいてやれば落ち着くのか?
一回ヌいとく?
いや、いいんだよ!?
雪夜が積極的なのはいいんだよ!?
全然いい!!
雪夜が俺を求めてくれるのは素直に嬉しい!!
俺だって、ずっと我慢してたから、抱けるものなら抱きたいし、むしろ抱き潰したいですっ!!……潰しちゃダメだけど……!!
でも……
「はい、そこまで」
夏樹はパチッと目を開けると、自分の口唇を手で隠した。
すぐ目の前にある雪夜の瞳が、恨めしそうに手を眺める。
……っと、危ない危ない……
このアングルも……好きなんだけどね……?
「おはよ、雪夜」
「おはよ……ございます」
夏樹は、にっこり微笑むと胸の上に乗っている雪夜を支えながら起き上がった。
「今朝はパンとご飯どっちがいい?」
「……ちゅうがいい」
今朝も夏樹を襲うことに失敗した雪夜が、ちょっとムッとした顔で夏樹を見上げた。
「はい、それで、どっちにする?」
雪夜の頬と額に軽くキスをして、もう一度同じ質問をする。
「……ごはん」
雪夜が渋々答えた。
***
2~3日前から、雪夜が朝夏樹の口唇を狙ってくるようになった。
夏樹がなかなか抱いてくれないので、実力行使に出ようとしているらしい。
実力行使の方法はいくらでもある。
それらを駆使して……夏樹をその気にさせてしまえばいい。
ねぇ、雪夜?雪夜に関しては案外俺はチョロいよ?
ただ、雪夜は元々恥ずかしがり屋なので、そういう知識があまりなく、とりあえずキスから始めなければいけないと思い込んでいるところが可愛い。
おかげで、毎回顔を近づけて来た雪夜の髪が夏樹にかかってこそばゆくて目が覚めるのだが……本人はまだそのことには気づいていないらしい。
まぁ、キスくらいなら別に構いはしないけど……
俺自身、キスだけで終われる自信がないのでなるべく口を外してしまう。
それに……
雪夜がただ夏樹のことが大好きだから抱かれたいと思っているというなら、喜んで抱く。
そりゃもう喜んで。
でも、今の雪夜は心に不安を抱えていて、何か理由があって夏樹に抱かれたがっているのは確かだ。
斎はそれでも抱いてやればいいと言う。
それらを全部受け止めた上で抱いてやればいいと。
その通りかもしれない。
そうすることで雪夜は安心するかもしれない。
だけど、何となく……雪夜の望み通りに一度抱いてしまえば、雪夜が俺の前から姿を消してしまいそうな気がして……
月光を浴びる雪夜を見た時から、そんな嫌な予感が頭から離れなくて……
雪夜を抱くのが怖いのだ――
***
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