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夜明けの星 8-21(夏樹)
「ぅ‟~~~っ!!」
雪夜が泣きながら頬を膨らませた。
ダメだ……いじけてるのが可愛くて顔がにやける……
「なんで怒ってるの?」
「むぅ!!」
雪夜が眉間にしわを寄せて口唇を尖らせたので、ツンと突き出た口唇に軽くキスをした。
「ほえ?」
雪夜はあれだけ夏樹の口唇を狙っていたくせに、夏樹がキスをすると瞳をパチパチしながら固まってしまった。
いや、待って?今の軽く触れただけですけど?
雪夜の反応としては、間違っていないのだけれども……
あれだけ粘ってたくせに、これくらいで固まる?
夏樹はちょっと首を傾げると、固まっている雪夜の顎から頬にかけて軽くキスを落として、耳元で、
「大好きだよ」
と囁いた。
雪夜がくすぐったそうに首を竦 め、微かに喘いで顔を背ける。
今のは言葉に反応したのか、それとも単にくすぐったかったのか……どっちだ?
「……きらい、って、いった……もん」
顔を背けたまま雪夜が恨めしそうにポツリと呟く。
なるほど……ダメ=嫌い、ってことになったのか。
ある意味雪夜らしいネガティブ思考だけど……
「言ってないよ。雪夜のことは大好きだし、キスもいやじゃないよ」
嫌なわけがない……
「でも……」
「俺も本当はいっぱいキスしたいし、いっぱい……触れたいんだけどね?……雪夜が本当に元気になるまで我慢して待ってるんだよ」
「げんき……なったもん!」
元気になったのにダメってことは、嫌いってことでしょ?
と言うように、雪夜が非難めいた目つきで夏樹をキュッと睨みつけた。
「そうだね……うん……でもね……?でも……」
まだ……本当の意味で元気になったわけじゃないでしょ?
完全に元の雪夜に戻ったわけじゃないでしょ……?
何か……俺に隠してるでしょ……?
「なつ……きさん?」
「……え?」
雪夜が手を伸ばしてきて、俺の目を拭った。
そこで初めて、雪夜の顔に落ちている雫が自分の涙だと気付いた。
「ごめん……っ」
慌てて起き上がると、ティッシュで雪夜の顔を拭いた。
「ごめんね……」
なんで俺が泣いてんだ……あ~もう!
「よしよし……だいじょ~ぶよ~」
さっきまで半泣きでいじけていたはずなのに、雪夜は起き上がると膝立ちで夏樹を抱きしめてよしよしと頭を撫でてくれた。
「いたく、ないよ~……こわく、ないよ~」
「雪夜?」
よしよしをしながら、雪夜が必死に夏樹に囁く。
「だいじょ~ぶ……いっしょ、いるよ~……だいじょ~ぶよ~」
「それって……」
それは、いつもうなされている雪夜に夏樹が囁いている言葉だった。
覚えてるんだ?俺の言葉……
今の不安定状態の大学生雪夜になってからは、あまり夜中にうなされることはない。
夏樹がそうやって声をかける時は、たいてい目を覚ました時には子ども雪夜で……
「なつき、さん……もう、だいじょ~ぶ、だよ~」
「うん……うん……」
記憶の整理がどうなっているのかわからないけれど……少なくとも夏樹の声はちゃんと届いていたらしい……
そっか……届いてるんだ……
そして、その言葉を覚えているということは……今の雪夜は過去の記憶を……怖い経験の記憶を……少なからず思い出しているということだ。
声が届いていたのは嬉しい……でも……怖い記憶も思い出しているということは、雪夜が夏樹に抱いて欲しいと言って来た理由がそこにある気がして……
いろんな感情が混ざり合って、夏樹は雪夜を抱きしめたまま、しばらく顔を上げることが出来なかった……
***
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