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夜明けの星 8-22(夏樹)

「あ~らら~、なっちゃんの顔が面白いことになってるよ~!?」  裕也が口元に手を当て、ぷぷぷと笑いながら夏樹の顔を覗き込んできた。 「……知ってます」 「ちゃんと冷やしたの?」 「冷やしてましたけど……たった今、冷やしてたタオルを裕也さんに取られたところです」 「ああ、これで冷やしてたんだ?」  裕也が夏樹からぶんどった濡れタオルをぶんぶんと振り回した。 「濡れタオルを目に当てる理由なんてそれくらいしかないでしょ」 「いや~、季節外れの福笑いでもして遊ぶつもりだったのかと……」  んなわけあるかぁああああっ!! 「でもこれ、もっとキンキンに冷やさなきゃダメだよ~?」 「さっきまで冷えてましたよ」 「しょうがないなぁ、冷やしてきてあげるよ」  裕也が夏樹をチラッと見てニッと笑うと、タオルを振りながらキッチンへと歩いて行った。  わかりにくいが、一応……裕也なりに気を使ってくれているらしい。  夏樹はソファーに背中を預け天を仰ぐと赤く腫れた目を手で覆った。  目が腫れている理由は、言わずもがな号泣したせいだ。  あ~カッコ悪ぅ~……  裕也は昨夜から別荘に来ていたので、恐らくカメラで一部始終を見ていたのだろう。  夏樹が泣き止んで、落ち着いたところを見計らってリビングに顔を出して来た。  裕也にしては珍しく空気を読んだ方だ。 「んぅ~~……」 「……っと……ごめんごめん、寝てていいよ」  夏樹は胸元にひっついて爆睡している雪夜の背中を優しく撫でた。 ***  雪夜は夏樹をよしよしすることに必死になっているうちに、直前まで自分がいじけていたということをすっかり忘れてしまったらしい。  夏樹が泣き止むとホッとした顔で抱きついてきて、離れなくなった。 「あの、雪夜?俺ちょっとご飯作ってくるから、ソファーに座って待っててくれる?」 「……」  これが初めてではないにしても、やっぱり雪夜の前で号泣してしまうのは気恥しい。  恋人の雪夜の前だから泣くことができる……のだけれど、恋人にあまり情けない姿は見られたくないという気持ちもある……今更だけど……  だから、朝食を作る口実でキッチンに逃げて一度落ち着こうと思ったのだが、雪夜は背中にピッタリと貼り付いてきた。 「あの~……雪夜?どうしたの?」  さっきまで部屋の隅で丸まって俺に怒ってたのに……もういいの?  もういじけてないのかな~?  うん、いや、いいんだよ?  でも、ちょっと落ち着く時間をね?  もらえたら嬉しいな~なんて……  夏樹が振り向いて話しかけると、雪夜は少し微笑んで「だいじょ~ぶよ~」とよしよししてきた。 「いっしょ、いるよ~……こわく、ないよ~」  もう泣き止んでいるとわかっているのに、それでも繰り返す。  あぁ、そうか……  雪夜は「ちゃんとひっついていないと、そばにいないと、なつきさんがまたないちゃう!」とでも思ったのだろう。  夏樹は、背中に貼り付いている雪夜の腕を掴んでクルリと後ろを向くと、雪夜を抱き包んだ。 「なつき、さん?」 「うん……そうだね、雪夜がいるからもう大丈夫だよ。雪夜が一緒にいてくれるから、大丈夫。だから……俺から離れないでね……?」  夏樹をひとりにさせまいとして、べったりひっついてくれているとしたら……夏樹にしてもその方が嬉しいし、安心できるのでどんどんひっついていてほしい。  俺のバカげた予感が吹き飛ぶ程に……    夏樹はキッチンに逃げるのは辞めて、とりあえずタオルを冷やしてソファーに座った。  雪夜は、夏樹が目を冷やしている様子を不思議そうに見ていたが、そのうちに夏樹に抱きついたまま気持ち良さそうに寝息をたて始めた。  そして、雪夜が眠るのを待っていたかのように、裕也がやってきたのだ。 ***  この数年間――  雪夜が何の夢を見てうなされているのか、何に怯えているのかわからなくて……それでも「ひとりじゃないよ、俺がそばにいるから、もう大丈夫だから……」と伝えたくて……    雪夜を救いたくて言い続けた言葉に、結局自分が救われている。 「大好きだよ……」  雪夜の頭に顔を埋めて、何度も囁いた。  俺の言葉が届いているなら、何よりもこの言葉は、この事実は、忘れないで?  この想いは絶対に忘れないで…… ***

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