525 / 715
夜明けの星 8-24(夏樹)
って、テラス じゃダメだろ!!
ここ数年の修行のおかげで、自分でも驚くほど鮮やかに理性が煩悩を吹き飛ばした。
そのまま抱きたい気持ちを抑えて、口唇を離す。
まぁ……ね……
雪夜には聞きたいことがいっぱいあるし……
雪夜が完全に戻った……ということはまだないと思うが、一時的にでも雪夜が戻った場合、夏樹には気になることがあった。
ねぇ雪夜……一体どこまで――……
「雪夜、大丈夫?」
「……ん……ふぇ?」
雪夜が頬を紅潮させながら蕩けた瞳で夏樹を見上げた。
あれ、ちょっとやりすぎた?
おかしいな……俺の理性だいぶ頑張ったのに……
まぁいいか。もうちょっとこのままで……!
夏樹は微笑むと、雪夜を抱き起して優しく抱きしめた。
このまま……時間が止まればいいのに……
そんなことを思いながら、どんどん明けて行く空を眺めていた。
***
「――ちょっと落ち着いた?中に入ろうか。朝ご飯食べよう」
「ぇ?朝ご飯……あ、は、はい!そう……ですね!」
夏樹にしがみついていた雪夜が慌てて手を離した。
それは別に離さなくていいんだけどな~……
「あの、俺なんで……って、え!?あああの、俺、自分で歩きましゅ!!」
「え?何か言った?」
「な、夏樹さんっ!俺自分で歩けますぅうう!!」
抱っこしたまま行こうと思ったのだが、雪夜に全力で拒否られてしまった。
渋々雪夜をおろす。
うん……いや、これが雪夜なんだけどね……?
なんていうか……甘えたの雪夜に慣れちゃったから、ちょっと……いや、めちゃくちゃ寂しいっ!!
「ホントに歩ける?」
「歩けますよ!!」
雪夜がサッと立ち上がった。
……が、ちょっとよろけた。
「あれ?」
体幹トレーニングの他に、トランポリンを使って跳ねる練習も始めて、だいぶ足腰が強くなった。
とは言え、未だに気を付けていないとバランスを崩しやすい。
それに今は……
……雪夜、さっきのキスで腰が抜けてたの気付いてないな?
「ほらほら、慌てないで。急に立つと危ないでしょ?」
夏樹は笑いを堪えつつ雪夜を支えた。
「あ、はい……すみません……」
なぜよろけたのかわからないという顔で首を傾げつつ室内に足を踏み入れた雪夜は、数歩で足を止めた。
「どうかした?」
「ぁ……の……えっと……あれ?ここって……別荘じゃな……い?」
雪夜の言葉に、一瞬ギクリとした。
「……別荘だよ。ここは娯楽棟。ほら、卓球台とかダーツとか遊ぶものがいっぱい置いてあった建物だよ」
何でもないような顔で雪夜に返事をする。
「娯楽棟……ってこんなでしたっけ……?」
建物内を見回しながら、だんだんと雪夜の表情が強張ってくる。
「……リフォームしたんだよ。一階に俺と雪夜が住めるように……」
「夏樹さんと……?」
雪夜が訝し気な顔で夏樹を見た。
「……雪夜、テラスに出る前にどこにいたか覚えてる?」
「え?テラスに出る前……えっと確か……あれ?俺、どこにいたんだろう……気が付くとあの空を見てて……」
やっぱり……
テラスで雪夜を見つけた時、様子がおかしかった。
夏樹に話しかけられて答えている途中から、だんだんと口調が変わって、この雪夜が出て来たのだ。
つまり、目が覚めてテラスに行ったのはこの雪夜の意思ではなかった……?
「リフォームした後のこの娯楽棟の中は、見覚えない?」
「え……っと……見覚え……あれ?」
雪夜がよろよろとソファーに駆け寄って、アルパカのぬいぐるみを手に取った。
「これって……え、待って、俺……いや、でもあれは……なんで?だってあれは……夢じゃなかったの?」
だんだんと声が小さくなっていって、最後の方はもうほとんど口の中で呟いている状態だった。
夢……か……
「そのぬいぐるみは、みんなで『わくわくアニマルふれあい牧場』に行った時に兄さん連中が買ってくれたやつだよ」
「……わくわく……?え……ぇえっ?……」
アルパカのぬいぐるみ、室内、夏樹……雪夜が忙しなく首を動かしてあちらこちらを見ながら頭を抱えた。
あ、ヤバいな……
「雪夜、ちょっと落ち着……」
「ぅ゛……っ!!」
「雪っ!?」
雪夜が真っ青になって突然口元を押さえたかと思うと、近くにあったゴミ箱に顔を突っ込んだ。
「オ゛ェ゛ッ――……」
「雪夜っ!!」
***
ともだちにシェアしよう!