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夜明けの星 8-26(夏樹)
夏樹が内心困り果てて頬を掻いた瞬間、携帯が鳴った。
「お兄さんに助けて欲しい人~、元気よく手を挙げて~?」
「はーいっ!!」
携帯から聞こえて来た声に思わず勢いよく反応する。
「ふぇっ!?」
電話をしながら急に手を挙げた夏樹の様子に、何が起きているのかわからない雪夜が目を丸くして固まった。
あ、ごめんね、雪夜。俺別に変な人じゃないからね!?
「ハハハ、朝から元気だな」
「なんだ、そこにいたんですか」
声と気配に夏樹が上を見ると、電話相手の斎がソファーの後ろに立って夏樹たちを見下ろしていた。
「おはよ~!雪ちゃん」
「えっと……いつき……さん?」
「は~い」
斎が雪夜に向かってウインクをしながら手を振った。
「斎さん……も……いたんですね……」
雪夜は斎のこともちゃんと思い出しているらしい。
「そうなんだよ~。ごめんね、ナツと二人っきりじゃなくて」
「えっ!?いやいや、あの、そういう意味じゃ……なくて……あの……」
「ははは。さてと、とりあえず何か作ろうか。雪ちゃん食えそう?」
「え?あ、は、はい。……あ……えっと……はい、たぶん……」
斎の問いかけに、さっき自分が嘔吐したことを思い出したらしい。
雪夜がちょっと不安気に返事をした。
「雪夜にはお粥でも作ろうか。食べられるだけ食べればいいよ」
「……はい!」
雪夜が夏樹を見てホッとした顔で笑った。
夏樹と二人っきりだと緊張して照れて大騒ぎになるが、第三者がいる時は、なんだかんだで夏樹がいると安心するらしい。
この状態なら何とか話が聞けそう……かな?
でも、まずは何か食べないとだ。
夏樹はひとまず朝食を作るために斎とキッチンに立った。
「あ……斎さん、学島先生は……」
「ん~?あぁ、そっちは大丈夫だ」
「え?あ……はい。ありがとうございます」
今の雪夜が学島の存在を認知しているかはわからない。
雪夜の状態がはっきりするまでは、会わせない方がいいだろう。
夏樹はそう思い、斎に意見を聞こうと思ったのだが……
斎は夏樹の言葉を途中でぶった切って「わかってるから言わなくていい」という風にニッと笑った。
何が大丈夫なのかはわからないが、斎が言うのだから大丈夫なのだろう。
夏樹たちの様子をどのあたりから見ていたのかはわからないが、斎は今の雪夜の精神状態が大学生の頃の状態だということにも気付いているようだ。
結構長い付き合いだけど……ホントこの人は謎だ……
***
「薬……ですか?」
「うん、これは雪夜の薬だからね。いつも飲んでるやつだよ」
「え、俺がこんなにいっぱい!?」
食後の薬が第一関門だった。
元々薬を飲むのが苦手だった雪夜は、目の前の大量の薬に若干ひいていた。
まぁ、雪夜じゃなくても、今の状況がわからないのにいきなり「これを飲め」と大量の薬を出されれば……これは一体何の薬なのか、どうしてこんなにいっぱいあるのか、聞きたくなるのは当たり前だと思う。
でも、薬の説明をすると話が長くなるから……
「大丈夫、全部ちゃんとした薬だよ。俺が雪夜に変な薬飲ませるわけないでしょ?」
「そ、それはそうですけど……」
「俺が飲ませるとしたら媚薬くらいだから安心して?」
「それはわかってま……え?」
「ん?」
「び……?」
「うん、鼻炎の薬ね」
「あぁ……びえん……なるほど、鼻炎ですか!ですよね!?あ、はは……」
「はい、口開けて~」
夏樹は適当な話で和ませつつ服薬ゼリーに混ぜた薬を雪夜の口元に運んだ。
「えっ!?いや、あの……俺自分で……」
「……いいから、口開けて?はい、あ~ん」
「~~~っ……ぁ~ん……」
雪夜が恥ずかしさと薬飲みたくないが入り混じった顔で口を開けた。
「ぅえ~……」
「よく頑張りました」
「ぁぃ……」
「はい、雪夜。ご褒美」
「……へ?……わぁい!ジュースだ~!」
一瞬、チョコを口移ししようかと思ったのだが、斎がいることを思い出して思いとどまった。
それはまた二人っきりになってからだな……
夏樹は自分に苦笑しつつ、無邪気にジュースを喜ぶ雪夜を眺めていた。
***
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