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夜明けの星 8-30(夏樹)
雪夜の姉の存在について、夏樹たちからは何も話していない。
両親のことについては少し触れたが……姉についてはなんせ工藤たちが存在を抹消しようとしていたので、不用意に触れない方がいいと思い、記憶のすり合わせをした時も一切口にしなかった。
雪夜もキャンプや事件に巻き込まれたことについては思い出していると話したが、当時のことについて詳しく口にすることはなかったし、姉のことに触れることもなかった。
だが、姉を思い出しているのは確実だ。
まだ3歳だったとは言え、雪夜は聡い子だったらしいし記憶力もいい。
そもそも、うなされているときにはハッキリと「ねぇね」と言っているのだから……
聞くべきなのだろうか……
当時、姉と何があったのか……
雪夜が叫んで目を覚ます度に、聞くべきか迷う。
以前は雪夜の状況を確認するためにも、ほぼ毎回夢の内容を聞いていた。
確認と言っても、雪夜は大抵は目を覚ますと内容は忘れていて……覚えてないならそれでいいから、とまた寝かしつければ良かったので、今ほど深くは考えていなかったのだ。
でも今は……聞くのが怖い……
雪夜の口からどんな言葉が飛び出すのか……
裕也たちが調べてくれて、一応どんなことがあったのかは知っているが……夏樹たちが知っているのはほんの一部にすぎない。
真実は当事者にしかわからないのだ……
だからこそ、雪夜に聞くのが怖い。
ひとりで抱え込ませたくはないけれど、聞くことで雪夜を追いつめてしまいそうで……
「そうだな……話を聞いてもらうことで共感や共有をしてもらって心が軽くなる場合もあるけど、話してっていわれるとプレッシャーでどんどん追いつめられていく場合もあるからなぁ……後者の場合は自分から言ってもいいと思えるようになるまでそっとしておいてやる方がいいと思う。まぁ、あくまで俺の意見だけど」
斎に相談すると、やはり同じことを考えていたらしい。
見極めるのが難しいが、今の雪夜は……たぶん後者のような気がする……
***
「お~っす!呼ばれて飛び出てみんなの相川くんだよ~~~ん!!」
「俺が呼んだのは佐々木の方で、お前は呼んでないけどな」
夏樹は、元気良く入って来た相川に思わず真顔で返した。
もちろん、佐々木に連絡を取れば相川にも伝わると知っているし、最初から二人を呼ぶつもりだったのだが、何となく相川を見ると……イラッとする。
別に嫌いというわけではないのだが……たぶん。
「ちょ、夏樹さんひどい!?翠 と俺は一心同体だよ!?翠を呼ぶってことは、これすなわち俺も呼ばれてるのと同じ!!」
「はいはい、そうだな。お前も来てくれて嬉しいよ(棒読み)」
「最初から素直にそう言えばいいのに~。全く、相変わらずひねくれてんなぁ~」
「おい、相川!遊んでないで荷物持って行けよ!」
相川の背中に荷物をぶつけて佐々木が怒鳴った。
「あ痛 っ、ごめんごめん。夏樹さん、二階の部屋適当に使っていい?」
「ああ、いいぞ。空いてる部屋ならどこでも好きに使え」
「わかった。んじゃとりあえず荷物置いてくる!」
――雪夜が元に戻ったようだ、と佐々木たちに連絡したのは、一通り雪夜と状況のすり合わせが済んだ後だった。
佐々木には「遅い!もっと早く知らせて来い!」と怒られたが、夏樹にしては早く知らせた方だと思う……
すぐに知らせなかったのは、その状態がどのくらい続くのかわからなかったので様子を見ていたのだ。
今の雪夜はちゃんと二人の事を覚えている、と伝えると夏樹の予想通り二人はめちゃくちゃ喜んで雪夜に早く会いたがっていた。
でも、二人とも浩二のところで働きつつ大学に行っているので、何かと忙しい。
それに雪夜も混乱して体調を崩していたので、遊びに来るのはもう少し落ち着いてからの方がいいだろうと話していた。
だが……
記憶の整理だけでも頭の中が大変なのに、その上、夏樹と一緒にいると緊張して遠慮したり気を使ったりしてしまうので、雪夜に余計な負担がかかってしまう。
今の雪夜には気が置けない佐々木たちと一緒にいる方がいいかもしれないと思い、夏樹が佐々木たちに無理を言って、急遽来てもらったのだ。
***
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