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夜明けの星 8-31(夏樹)
「雪夜、起きてる?」
「……ん~……ふぁ~ぃ……」
夏樹が頭を撫でると、朝から熱を出して寝込んでいた雪夜が小さく唸った。
朝よりは下がったかな……
「雪夜に会いたいって人が来てるよ」
「ぇ?誰……あっ……しゃ……ささき……と、あいかわ!?」
ぼんやりと目を開けた雪夜は、入口に立っている二人を見て慌てて身体を起こそうとした。
「雪夜ぁああ~~!!」
「雪ちゃあああああん!!」
「おわっ!?」
佐々木たちは雪夜と目が合うなり名前を呼びながらベッドに走り寄り、両側から雪夜に抱きついた。
それはいつものことなので別にいいのだが……
雪夜の隣にいた夏樹も巻き添えを食らった。
「雪夜ぁ~~!おはよ~!」
「あはは、おはよ~佐々木ぃ~!」
佐々木に抱きつかれて雪夜が嬉しそうに表情を崩した。
雪夜が笑うのは久々だ。
その雪夜に反対側からちゃっかり抱きついた夏樹は、自分の背後にいる相川と密かに戦っていた。
「おいこら、相川痛いっ!離れろっ!」
「雪ちゃ~~ん!って、夏樹さん邪魔だよっ!?何でそこにいるの!?俺と雪ちゃんの間に割り込まないでっ!!」
「割り込んでねぇよっ!お前が勝手に抱きついて来たんだろうがっ!俺が退くまで待てよっ!」
夏樹が場所を空ける前に相川が飛びついて来たので、結局夏樹が相川に抱きつかれる羽目になったのだ。
「もう!夏樹さん、早く退いてっ!!」
「っつーか、相川おまえいつもそんな強い力で雪夜に抱きついてたのか!?加減しろ加減!雪夜が折れる!!」
「わかってるよ!!これは夏樹さんだったからわざとですぅ~!」
「確信犯かよこの野郎!!――」
退いてやるつもりだったけど、退くのやめようかな……
「えっと、あの……」
言い合いをしている夏樹たちを見てオロオロしている雪夜を、佐々木が抱き寄せた。
「はいはい、そっちのバカは気にしなくていいからな、雪夜。それより熱出てるんだって?」
「ねつ……で、出てないよ!!」
「いや、出てるから。おでこ熱いぞ?」
「これはあの、今びっくりして……ハッ!そうだ、ダメダメ!!佐々木離れてっ!!」
雪夜が急に佐々木を遠ざけた。
その様子に思わず夏樹と相川も言い合いを止めて雪夜を見る。
「ん?どうしたんだ?」
「雪夜?」
「おれ……おれ……今めっちゃ……汗臭いからぁああああああ!!」
ここのところ体調を崩していた雪夜は、日に日に声も弱弱しくなっていた。
いくら食べてもすぐに嘔吐してしまうので、体力がだいぶ落ちている。
喋る気力がないのは、そのせいだけではないような気がするが……
そんな雪夜から久々に聞いたハリのある声は、まさかの「汗臭いから!」だった。
「ブハッ!なんだそんなことか。大丈夫だよ。全然臭くないって」
「でもでも俺しばらくお風呂入れてないからね、絶対臭いんだよ?」
雪夜が顔を真っ赤にして涙目で自分をぎゅっと抱きしめた。
たしかにお風呂はしばらく入れていない。
熱のせいで汗だくになるので身体は拭いているが……
臭い?
そもそも夏樹は雪夜の体臭が好きだし、ずっと一緒にいるのであまり気にならない。
だが……
しまった……!
今の雪夜はそういうの気にするんだった……
昨日ざっとでも風呂に入れてやった方が良かったかな……?
でも昨日も熱あったし……
っていうか、最近俺にあまり抱きついてくれなくなったのって……もしかして体臭気にしてたとか?
「どれどれ?」
佐々木がわざと雪夜の匂いを嗅ぐ真似をした。
「わぁ~~!!ダメダメ!佐々木止めてぇええ!」
「全然臭くないぞ?雪夜、いいか?臭いっつーのは相川みたいなのを言うんだぞ?」
「へ?」
「ん?俺?」
急に名前を呼ばれて、相川が間抜け面で自分を指差した。
「部活終わりの相川なんて汗だくでめちゃくちゃ臭かったしな。夏とかもう最悪!!」
「え、うっそ!そんなだった!?」
「そんなだったよ!だから俺夏は絶対に引っ付いてくんなっつってただろ?」
「暑いからだとばかり……」
「いや、俺は臭いから嫌だって言ったぞ?そしたらお前ちゃんとシャワー浴びてから帰って来るようになったんだよ!」
「あれ?そうだっけ?う~ん……そりゃ部活してた時はめちゃくちゃ汗掻いてたけど……そうか、俺臭かったのか……」
相川が地味に流れ弾でダメージを食らってへこんだ。
「あ~、まぁ、部活辞めてからはそんなに臭くないけどな」
佐々木もさすがに言い過ぎたと思ったのか雑にフォローを入れた。
おい佐々木、全然フォロー出来てないぞ?
っつーか、相川聞こえてないみたいですけど?
「うん、だから雪夜は全然大丈夫だぞ!」
佐々木は相川のことなど気にする様子もなく雪夜に向き直るとにっこりと笑った。
「……ぅ、ぅん……そか……ありがと」
「それより、起きてて大丈夫か?横になっててもいいんだぞ?」
「だ、大丈夫!起きる!だってせっかく二人が来てくれたのに……」
「横になってても話は出来るだろ?それに、俺ら泊まって行くから時間はたっぷりある。焦ることはねぇよ」
「え、お泊り!?ホント!?」
「本当だ。だから具合悪くなったら遠慮せずに言うんだぞ?」
「うんうん!わぁ~い!やった~!」
雪夜が嬉しそうに万歳をした。
その姿に夏樹たちも安堵して微笑む。
「さて……と。相川、ドンマイ!それじゃ、俺は飲みもの持って来るよ」
夏樹は、まだ落ち込んでいる相川の背中をポンポンと叩いて慰めると、雪夜に一声かけて寝室を出た。
***
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