533 / 715

夜明けの星 8-32(夏樹)

 佐々木たちにおやつとジュースを渡した後は夏樹は部屋から出ていた。  リビングで仕事をしつつ、時々タブレットで寝室内の様子を確認する。    いや、別に監視してるわけじゃなくてね!?  あいつらがいれば大丈夫だろうとは思うけど、ほら、雪夜の体調が気になるから……ね!?  誰にともなく言い訳をしながら画面を見ていると、雪夜の動きが急にぎこちなくなった。  どうやら雪夜は二人の髪型や見た目が気になってきたらしい。  佐々木たちのことをじっと観察しては、目が合いそうになると慌てて目線を逸らしていた。 「雪夜?どうかしたのか?」 「いや、あの、あの……えっと……二人ともすごく大人っぽくなってるから……」 「あ~……そうか。前とちょっと髪型変わってるからかな~?」  佐々木が自分の髪をツンツンと引っ張った。 「あ、あのね?変ってわけじゃなくてね!?二人とも似合ってるよ!?すごくカッコいい!でも、何か……あの……」 「ん?」 「あの……俺だけ中身が……大学生のまんまなんだよね……ただでさえ子どもっぽいって言われてたのに、本当に子どもになってたみたいだし……元に戻っても俺は大学生止まりで……だから何か二人に置いて行かれちゃったな~……みたいな?……うん……だからね?何となく……ちょっとだけ、淋しいな~って……」  雪夜が指先を弄りながら、ちょっと顔を歪めて口唇を噛んだ。  夏樹は以前雪夜に偽物に間違われてからは、なるべくと同じ見た目でいるように気を付けていた。  佐々木たちにもその話をしてあったせいか、あまり極端にカラーや髪型を弄らないようにしてくれている。  それでも、雪夜が知っている時と比べると多少違うのは仕方のないことだ。    雪夜は、過去の自分だけではなく、現在の自分とも向き合わなければいけない。  今までは過去のことばかりが表立っていたが、同級生の佐々木たちに会うことで、そういう少しの変化からこの数年間の時の流れを改めて肌身で感じてしまったようだ。  雪夜だけが流れに取り残されているという事実……それはどうしようもない。  でも、雪夜がそのことについて“淋しい”と素直に口に出せるのはやっぱり……佐々木たちの前だからなんだろうな…… *** 「雪ちゃん……あのね、スゴイこと教えてあげようか?」  相川が難しい顔をしてしょんぼりしている雪夜を覗き込んだ。   「え、な、なに?」  相川の声色はふざけている時のものだが、雪夜は気づいていないのか若干不安そうな顔で自分の胸に手を当てた。 「実は……俺も(あきら)もまだ大学生です!!」 「……え……大学……ええっ!?待って、だって……あれ?俺……今何歳?えっと……」 「俺らが25歳。雪ちゃんは1月で25歳だね」 「だよね?じゃあ……二人とも……えっと……も、もしや……留年したのっ!?」  雪夜が真剣に心配そうな顔で二人を見た。 「「ちっがーう!!」」  思わず二人が両側からツッコむ。 「俺ら二度目の大学生真っ最中なんだよ。それぞれやりたいことが見つかったから、一回卒業して、その後すぐに俺は心理カウンセラー、相川は理学療法士の資格が取れるところに入り直したんだよ」 「……え?えええっ!?」 「だから、俺らもまだ大学生なんだよね~」  相川が雪夜の手を握って「なっかま~!」とブンブン振る。  おいこら、相川止めなさい!!  雪夜の腕が抜けたらどうするんだっ!! 「二度目って……なんで?……いや、やりたいことが見つかったのは良いことだけど……え、でもどうして急に!?」 「それは……雪夜のおかげかな」 「へ?」 「雪夜が昏睡状態になってた時に――……」  二人が資格を取ろうとしているのは、ぶっちゃけ雪夜のためだ。  進路を決めた時はまだ雪夜は昏睡状態だった。  昏睡状態から目覚めた後も雪夜にはトラウマが残るだろうし、リハビリも時間がかかる。  だからちゃんとした勉強をした上で、雪夜の支えになりたい。  そう思って大学に入り直したのだ。  佐々木からどうして二人が大学をやり直そうと思ったのかを聞いて、雪夜が何とも言えない複雑な表情になった。 「あの……二人の気持ちは嬉しいんだけど、でも……俺のせいで二人の将来を……」 「雪夜、勘違いするなよ?俺たちはお前ので将来を変えたなんて言ってないし、思ってもない。決めたのは俺たち自身だ」 「そうそう」 「ようやく将来の夢が見つかったんだよ。雪夜のことはきっかけでしかない。雪夜のおかげで、そういうことで苦しんでる人もいるんだって知ることが出来て、そういう人たちの助けになりたいって思ったんだよ。俺も相川も今は資格を取るために頑張ってる。大変だけど、毎日凄く充実してるんだ。だから、雪夜はさ、「頑張れ!出来る!」って笑顔で応援してくれたらいいんだよ」  佐々木が雪夜に優しく諭すように言い聞かせた。  お前ホントそういうの得意な。  カウンセラーは向いてると思うわ……  夏樹は佐々木に苦笑しつつ、雪夜の様子を見守った。 「……がん……ばれ……?」 「うん」 「……二人とも……頑張れ!!」  雪夜が泣きそうな顔で笑った。 「うん!ありがと!」 「頑張るよ~!」 「……二人なら出来るよ!絶対に資格取れる!」 「うんうん!もっちろん!」 「雪ちゃんありがとね~!」 「……っ……俺こそ……っありがとう」 「な~に泣いてんだよ!」 「雪ちゃ~~ん!」  相川と佐々木が両側から雪夜を抱きしめた。 「ごめ……っなんか……わかんないけど……っなんで、泣いてん、だろ……っ」 「相変わらず泣き虫だなぁ」 「雪ちゃんはよく泣いてたもんね~」 「そ、そんなこと……ひっく……ないも……んっ」 「よしよし、いいよ。思う存分泣いとけ!」 「ふぇえええ……っ!ささきぃ~だいすきぃ~!」 「あはは、俺も好きだぞ~!」 「雪ちゃん、俺はっ!?」 「あいかわもぉ~~すきぃ~~!」 「わぁ~い!俺も大好きぃ~~!!」 「ぅええええん……っ!」  雪夜はしばらく二人に挟まれたまま泣き続けた。 ***  ははは、デジャヴ。  懐かしい光景だな……  っていうか、二人にはそんな簡単に「大好き」って言えちゃうんだね~……  俺には!?ねぇ雪夜さん!?俺にはいつ言ってくれるんですかね!?    雪夜は元に戻ってからまだ一度も俺に「大好き」や「愛してる」と言ってくれない。  「ごめんなさい」じゃなくて「大好き」が聞きたいなぁ~……  夏樹は佐々木と相川にちょっと嫉妬しつつ、タブレットの映像を閉じた。 ***

ともだちにシェアしよう!