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夜明けの星 8-35(夏樹)
夏樹は、二人分のコーヒーを入れてソファーに座った。
「それで、どうしたんだ?」
「まぁ、どうせ俺らの様子はカメラで見てたとは思うけど……」
なぜバレた……
「裕也さんなら、この別荘内もあっちこっちに監視カメラを仕掛けてるだろうと思ってさ」
「お前もすっかり裕也さんの思考がわかってきてるな」
佐々木と相川は、何気に兄さん連中とも仲良くなっている。
しかも、佐々木はいろいろと機転が利くので、兄さん連中の副業の手伝いもたまにしているらしい。
「だって病室にもめっちゃ仕掛けてたし。あれも全部裕也さんだろ?」
「まぁな。……たしかにお前の予想通り見てたよ。一応雪夜の様子が気になったからな。でも最初に大号泣したところまでだ。お前らがいれば大丈夫だろうと思って、その後は見てない」
「え、そんな最初の方だけだったのか」
「そうだけど、それがどうした?」
「いや、見てるならいちいち言わなくてもいいかなと思っただけ」
「何をだ?」
「だから、雪夜の様子だよ。いろいろ話したけど内容としては、雪夜が知らないこの数年間の俺らの話しばかりで、今のところはあんまり雪夜自身のことは聞き出せてないんだ」
「ああ……別に構わねぇよ。無理やり聞き出せってわけじゃない。ただ、会話の中でそれっぽい話が聞けたら教えて欲しいだけだ。お前らと一緒にいる方が、そういうことも話しやすいだろうしな」
「それはわかってるけど……」
佐々木には、雪夜が自分の過去のことについて何か口にするようなことがあれば後でこっそり教えて欲しいと伝えてあった。
一応佐々木も心理学を勉強中なだけに、今の雪夜の状態は気になるようだ。
「まぁ、そんなに構えなくていいぞ。普通に友人同士の会話を楽しんでくれればいいから。お前のことだから、普通の会話の中からでも何か気付くことがあるかもしれないし……そもそもさっきみたいに『なちゅしゃん』に気付いただけでもスゴイよ。俺気付かなかったし……」
俺は……雪夜の目の方に気を取られていたとはいえ、全然気づかなかった……
「あ~、それだけどさ、夏樹さんはたぶん……ずっと雪夜といるから対応に慣れちゃって気付かなかったんじゃね?」
「え?」
「ほら、だってこの数年間は雪夜の精神年齢が毎日のように変わってたんだろ?夏樹さんはそれにずっと対応してたから、逆に雪夜の精神年齢が何歳でもあんまり気にしないっつーか、自然とその年齢に合わせた対応が出来てるんだろ。だから今も『なちゅしゃん』に気付かなかったんだよ」
「あぁ、なるほど……」
佐々木が言う通りかもしれない。
日によっては一日のうちに何回か年齢が変化することもあったくらいだし……いちいち気にしていたら夏樹の精神がもたないので、何歳だろうと雪夜は雪夜だ、と開き直っていたら、あまり雪夜の精神年齢は気にならなくなった。
つまり、無意識に年齢に合わせた対応が出来るようになっているので、多少の変化にはもう慣れてしまって気づけなかったと……
でも……それだけ様々な年齢の雪夜に対応出来てたくせに……
「今の雪夜との距離感がわからないんだよな……」
「今の?」
「この数年間、雪夜は俺にずっとべったりだっただろ?だけど、今の雪夜は……恥ずかしさの方が前面に出ちゃうから、照れて引っ付いて来てくれないんだよな~……だから、距離感がよくわからなくてな……」
嫌われているわけではない……と思う。
でも、夏樹に引っ付くのを照れて、遠慮して、謝って……
抱きしめたいのに、抱きしめることが雪夜の負担になってしまうのでどうすればいいのかわからない。
極端に眠くなって寝ぼけている時だけ、さっきみたいにひっついてきてくれるが……
「なぁ、俺、前はどんな風に雪夜に接してたっけ?」
「え?普通にべったべただったと思うけど?」
「……ぅそん?」
「雪夜も照れてはいたけど嬉しそうだったと思うぞ?」
「嬉しそうだった……か~……今も嬉しいって思ってくれてんのかなぁ……」
愚問だと笑い飛ばしてくれれば良かった。
だが、佐々木は意外にも真剣な顔で宙を見つめた。
え、何?
何かあるのか?
「……あの……さ?雪夜からあんまり話しは聞き出せてないんだけど、ちょっとだけ気になることがあって……」
「なんだ?」
「今の雪夜って全部思い出してるって言ってたけどさ、それって、どの時点まで?」
「……どの時点?」
「だから……昏睡状態になる直前までを思い出してるってこと?」
「あぁ……そうだな、階段から落ちたのも薄っすら覚えてるみたいだけど……」
「階段から落ちた時の状況ってたしか――」
「……っ!!」
子ども雪夜の時には夏樹がいないとダメなくらいべったりだった。
雪夜が今の状態に戻ってからは、毎回うなされている時に口にする「ねぇね」の方に気を取られてしまっていた。
だから夏樹はすっかり忘れてしまっていた……
雪夜が昏睡状態になる直前のことを――……
***
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