538 / 715

夜明けの星 8-37(夏樹)

「あぁ、なるほど……あの時のやつか……」  その日の夜、別荘にやってきた斎に佐々木の考察を話すと、軽く唸りながら顔をしかめた。  雪夜が階段から落ちたあの日あの瞬間、斎と裕也も現場にいた。  雪夜がリビングの外で話を聞いていることに気付けなかったこと、落ちる前に助けられなかったこと……斎と裕也にとってもあの日の出来事はかなり衝撃的だったはずで、忘れられることではない。  だが、夏樹と同じくその後の雪夜の対応に必死になってくれていたので、落ちたことは覚えていても、落ちることになった原因の部分が頭から抜けていたようだ。 「で、雪ちゃんは?」 「ちょうど晩飯前に目が覚めたので、佐々木たちと一緒に晩飯を食べて、寝室でまた話し込んでますよ」 「そうか……」 ***  数時間前――  相川に呼ばれて雪夜の様子を見に行くと、案の定うなされていた。 「急にうなされ始めて……一応タオルはすぐに外したんだけど……」  相川が心配そうに雪夜と夏樹を交互に見た。 「あぁ、ありがとな。う~ん……」 「それが言ってたやつ?過去の記憶のせいでうなされてるって……」 「いや、これはたぶん……」  夏樹は雪夜の様子を見て目薬を取ると、相川に「もう一度タオルを冷やしてきてくれ」とお願いした。 「雪夜、ちょっとごめんね~、沁みるよ~」 「っ!?ぅ゛~~~っ!!」 「よしよし、痛かったね。あ、目擦らないで……」  目薬が沁みたのか雪夜が目を擦ろうとしたので慌てて手首を捕まえる。 「ん゛~~~っ!」 「はいはい、怒らないの。大丈夫だよ。すぐに痛くなくなるからね」 「夏樹さん!はい、タオル!」 「おう、ありがと。雪夜、ちょっと目元冷やそうか。冷たいの乗せるよ~」 「ぴゃっ!?」  目薬が沁みたことよりも冷たいタオルの方に驚いたらしく、雪夜が飛び起きた。  雪夜は顔をしかめながら薄っすら目を開いて夏樹を見つけると、慌てて夏樹に抱きついてきて泣き出した。 「ふぇ~~っ!!」 「っと、ごめんごめん。そんなに驚くとは……よしよし、大丈夫だよ~。……ふ、はっ、はははっ!あ、ごめっ……はははっ!」 「あはははっ!雪夜、今のめっちゃ素早かったな!」 「あわわ!雪ちゃんごめん!冷たくしすぎた!?驚かしてごめんよ~!?」  雪夜をあやしつつ、思わず吹き出してしまった。  言動が子ども雪夜だったのが気になるが、可愛いものは可愛い。  うん、可愛いっ!!  雪夜は夏樹たちが笑っていてもあまり怒る様子もなくまたすぐに眠ったので、たぶん寝ぼけていたのだろう。  もしかしたら退行現象が見られるかもしれないと覚悟していたが、晩飯の前に目を覚ました時には退行せずにまた元の雪夜に戻っていたので、夏樹だけでなく相川たちも一緒にホッと胸を撫でおろした。  雪夜は目を覚ました時にもまだ佐々木たちがいることにホッとした様子で、いつもよりも寝起きが良く、たくさん晩飯を食べることができた。  子ども雪夜がダメなわけじゃない。  子ども雪夜は素直に遠慮せずに甘えてくれるので夏樹も内心嬉しいし、そんな雪夜はみんなにも人気がある。  もちろん元の雪夜も可愛いし、みんな大事にしてくれるが、元に戻ると「子どもの雪ちゃん」じゃなくて「の雪ちゃん」になるので、夏樹に遠慮してなかなか雪夜を構うことが出来ない。  さすがにそこら辺はみんなちゃんと線引きしてくれているのだ。  そのため、兄さん連中はもうしばらく子ども雪夜でいてもいいのに……と思っているとかいないとか。  そんな兄さん連中の気持ちもわからんでもないが、やはり夏樹や佐々木たちにしてみれば、出来るなら雪夜には早く元に戻ってもらいたい。  恋人の、親友の、雪夜に会いたいのだ。   *** 「じゃあ、昼寝の時はうなされなかったのか」 「はい。怖い夢や記憶にうなされるというよりは、目が痛痒くて気になって眠れないという感じでしたね。冷タオルに驚いて泣いちゃったんですけど、すぐに寝たんで……何とか酷くならずに済みました」 「そっか、そりゃよかった」  斎がふっと微笑んで、楽しそうな笑い声が聞こえてきている寝室を眺めた。 「――う~ん、佐々木の考察は間違ってないとは思う。でも、それだけじゃないと思うんだよな~……」  そのまましばらく考え込んでいた斎が、首を捻りながら呟いた。 「え?」 「だって、それだと「ねぇね」の説明ができねぇだろ?」 「あ、それは俺も思いました」  どうやら斎も同じところが気になったらしい。 「まぁ、他にも原因はあるってことを頭に入れつつ、わかることから対処していくしかねぇよな。雪ちゃん自身もキャパオーバー寸前だろうし……記憶の整理は俺らにはどうにもできないから、せめてそういうお前に嫌われるかもとか言うくだらない不安は取り除いてやらないとな!」 「くだらないって……」 「だってくだらねぇだろ?お前が雪ちゃんを嫌いになることなんてありえない。それはこの数年間のお前を見ていればわかるからな」 「……そうですよね!?」  周囲から見てもバレバレな俺の愛情が、当の本人には全然届かないという謎……  なんで伝わらないかなぁ~……  夏樹は寝室をチラッと見ると、長い息を吐いた。 ***

ともだちにシェアしよう!