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夜明けの星 8-38(夏樹)
「ぇ……もぅ帰っちゃうの……?」
雪夜がしょんぼりしながら佐々木たちを見た。
「ごめんな、俺らももっといたいんだけど……また来るからな!」
「またすぐに遊びに来るよ!」
「……うん」
二日間たっぷりと話していたが、三人ともまだまだ語り足りないらしい。
そりゃそうだ。
数年間を語るのに二日間で足りるわけがない。
夏樹は三人を眺めつつ、ちょっと遠くを見た。
「雪夜、電話するからな!」
「……うん」
「雪ちゃん、またね~!」
「っあ、あの……二人ともありがとう!あの……っ……あの、大学……頑張って……ね?」
部屋から出ようとする二人に、雪夜が慌てて声をかけた。
もっといっぱい言いたい事はあるけれどなかなか言葉が出てこない様子の雪夜に、二人がニッと笑いかけた。
「うん、頑張る!雪夜、年末にはまた遊びに来るからな!今度はいっぱいお土産持って来るから!約束!」
「……ぅ……うん……っ」
雪夜が口唇を嚙みしめて頷いた……
***
「――忘れ物ないか~?」
夏樹は車に荷物を積み込んでいる佐々木たちに向かって声をかけた。
雪夜を抱っこして連れて来ようかと思ったが、雪夜は元に戻って以来まだ外に出ていない。
今の雪夜なら別荘の外くらいなら出ても大丈夫だとは思うが、監禁事件のことまで思い出していることを考えると……まだ外に出るのは少し早い気がして、とりあえず斎に雪夜を預けて夏樹だけ出て来た。
「なぁ夏樹さん、雪夜やっぱりちょっと気になる。目離さないでやって」
相川が荷物を積み込んでいる隙に、佐々木が夏樹の隣に来て早口で囁いた。
「ん?」
「詳しくは後で電話する」
「あぁ……」
「よしOK~!それじゃ夏樹さんまたね~。雪ちゃんのことよろしく~!」
バックドアを閉めて相川が運転席に回った。
来る時は佐々木が運転していたが、帰りは相川が運転するらしい。
「お前らも気を付けて帰れよ!あんまり対向車はないだろうけどゆっくりいけよ!?」
「わかってるって。安全運転しまっす!」
「ここ野生動物飛び出して来るからな。冗談抜きで」
「うわ~!そうだ!それ前に浩二さんも言ってた!怖ぇ~……気を付けよ……!」
夏樹はめちゃくちゃ安全運転で去っていく車を苦笑しながら見送った。
***
夏樹が部屋に戻ると、雪夜は斎に肩を抱かれて俯いていた。
てっきり泣いていると思ったのだが、どうやら泣いているわけではないらしい。
斎は夏樹を見ると、そっと雪夜の傍を離れて夏樹と場所を交替してくれた。
「佐々木たち帰ったよ」
「……」
夏樹が軽く抱き寄せて頭を撫でると、雪夜が黙ったまま頷いた。
「また来てくれるよ。相川も言ってただろ?年末年始はここで過ごすと思うよ」
「……」
雪夜は夏樹の服の裾をぎゅっと握ると、今度は二回頷いた。
う~ん……“前みたいに甘えさせてやればいい”……ねぇ……?
夏樹は一瞬天井を見つめると、すぐに顔を戻して雪夜を膝に抱き上げた。
「はい、ちょっとごめんね~」
「……ぇっ!?」
「うん、やっぱりこれだと雪夜の顔がよく見えていいね」
「っ!?」
雪夜が慌てて顔を逸らした。
大丈夫、俺そんなことでへこまない!!負けないっ!!
「雪夜」
「……ぁぃ」
「もう泣いていいんだよ?」
「っ……!?」
「佐々木たちが帰りづらくなるから、泣くの我慢してたんでしょ?」
「……なん……っ」
「なんでわかったのかって?何年付き合ってると思ってるの。それくらい見ればわかるよ」
佐々木たちにもね……
夏樹が苦笑すると、雪夜の顔がくしゃっと崩れて夏樹の首に抱きついてきた。
「ぅ゛~~~……さ、さき……と、あい、かわ……かえっ、ちゃっ……た……」
「うん、そうだね。淋しいね」
「ひっく……っ……もっと、はな、し、たかっ……た……っ」
「うん、まだまだ足りないよね」
「っく……ひんっ……っ……」
「大丈夫、またすぐに来てくれるよ。佐々木たちも雪夜とまだまだ話足りないって言ってたし、年末年始は三人で徹夜になるかもね。いっぱい遊んでいっぱい話していっぱい笑って……楽しみだね!」
「ぅ゛~……っ……いっ、……っぱい、あそぶぅ~……っ」
「うん、遊ぼうね――」
しゃくり上げる雪夜の背中をポンポンと撫でていると、だんだんと泣き声が小さくなっていって、最終的にスンスンと鼻をすする音だけになった。
寝たか……
佐々木たちが来てくれたことで興奮して昨日からはしゃぎっぱなしだったため、そろそろ寝るだろうとは思っていた。
たぶん、疲れてしばらく寝込むだろう。
それでも、やっぱり佐々木たちに来てもらって良かったと思う。
なぜなら、今の雪夜に戻ってから、雪夜が意欲的な発言をしたのは初めてだからだ。
「佐々木たちといっぱい遊びたい」「佐々木たちといっぱい話したい」……
したいことが増えて行けば、楽しみが増えて行けば、それはきっと雪夜にとって力になる。
でも……
俺ともいっぱい遊んで欲しいんだけどなぁ~……
佐々木たちとは話し足りないけど、俺とは話したくないの?
俺じゃ……ダメ?
友人と恋人は違う。
それはわかっているのだが、それでもやっぱりちょっと……佐々木たちが羨ましい……
斎が冷タオルを持って来てくれるまで、夏樹は雪夜を抱きしめたままぼんやりと考え込んでいた。
***
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