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夜明けの星 8-39(夏樹)

 佐々木たちが帰った後、雪夜は予想通り寝込んだ。  具合が悪い日が続き、眠ってはうなされ……またあまり喋らなくなった。  夏樹や兄さん連中の前では、最低限必要なことしか口にしない。  そんな雪夜の様子に、夏樹はあることを斎に相談してみた。 「斎さん……ちょっと相談があるんですけど――……」 「……う~ん……まぁ、雪ちゃんに聞いてみろ。雪ちゃんもそうしたいって言うなら、それでもいいよ。少し環境が変わった方がいいかもしれないしな」 「はい」  昼食後、夏樹は雪夜に話しかけた。  膝に乗せようかと思ったが、それをすると雪夜が照れてパニクるので、とりあえず雪夜の隣に座った。 「あのね、雪夜。ちょっと話があるんだけど……」 「……はい」 「家に帰ってみない?」 「……え?……家って……」 「もうだいぶ長い間ここにいるからさ、ちょっと気分転換も兼ねて……」 「気分……転換……?」 「うん、ずっと同じ場所に籠りっきりだと気分が滅入っちゃうでしょ?少し違う景色が見えた方がいいかなと思って……」 「あの……でも……家……」 「ん?」 「あ……なんでもないです……わかりました。すみません、そうですよね!家……帰った方がいいですよね……」  雪夜は何かを言いかけて飲み込むと、急に無理やり笑顔を作って饒舌になった。    何か様子がおかしい…… 「雪夜?」 「いい加減、……」 「雪夜っ!!」  雪夜の口からでた言葉が予想外過ぎて、夏樹は思わず大きな声を出した。   「ふぇっ!?」 「……あ、ご、ごめん、急に大きな声出して。えっと……あのね、何か誤解してない?帰るのはの家だよ?」  内心かなり動揺していたが、表情には出さないようにギリギリ笑顔を保った。  とにかく母親のことには触れないようにして話を修正する。 「……え?」 「俺たち一緒に住んでたでしょ?」 「……あ……あ、え?」 「忘れちゃった?」 「い、いえ、あの、俺が……えっと、ひとり暮らし……出来なくなって……それで夏樹さんの家に……お邪魔してたんですよね……?」  雪夜がちょっと記憶を辿るように目を泳がせて、戸惑った顔をした。  うん、まぁ間違ってはないんだけど…… 「お邪魔じゃなくて、同棲してたんだよ。一緒に住んでたの」 「え!?あ、そ、そうでしたっけ……!?」  少なくとも俺はそのつもりだったけどね……  雪夜はずっと“お邪魔してる”だけのつもりだったってことなのかな……?    記憶が混濁しているせいで軽く混乱しているのだとは思うが、でも雪夜ならあり得るので今のはさすがに笑顔が引きつりそうになった。  気を取り直すために、軽く咳払いをする。 「そうなんです!だからの家に帰るだけだよ。まぁ結局俺と一緒にいるから、こことそんなに変わらないけど……ずっと俺の顔ばっかりだと飽きちゃ……」 「飽きないっ!!」  夏樹が言い終わる前に、雪夜が急いで遮った。 「あっ!……です!……はい……すみません……」  雪夜が口を押さえて、シュンと俯いた。  今のは何に対して謝ったんだ?  ちょっと首を傾げたが、それよりも顔がにやけた。 「ホントに飽きない?」  俯いている雪夜の顔を下から覗き込む。 「あ、あの……はい……飽きません……よ?」 「そか……ふ~ん……そうなんだ……?」 「え、あの……夏樹さん?」 「ふふ、めちゃくちゃ嬉しいっ!俺も雪夜の顔どれだけ見ても飽きないんだよね~」  夏樹は満面の笑みで雪夜を抱き寄せた。 「お、俺の顔ですか!?こ、こんなのどこにでもいるじゃないですかっ!そんな、夏樹さんに見せられるような顔じゃ……」  慌てて顔を隠そうとする雪夜の両手を掴んで、ソファーに押し倒す。 「なんで隠すの。俺ずっと雪夜の顔見ていたいんだけど?」 「ひぇっ!?あわわわ……や、ヤダヤダ!見ないでくださいっ!俺いま絶対に変な顔してるっ!」  雪夜の首から上が一気に赤く染まったかと思うと、パニクった雪夜がジタバタと暴れ始めた。   「変じゃないよ。雪夜はいつも可愛い」 「か、可愛くないですよぉ~~~……」 「俺が可愛いって言ってるんだから、可愛いんだよ」  というか、雪夜は誰が見ても可愛い。  顔だけじゃなくて、身長も小柄だし、仕草も声も……  同じ雪夜だけど、子どもの頃と今とでは表情が全然違う。  今の雪夜には少し艶っぽさも含まれている。  ……ので、そういう可愛い顔をされるとすぐにキスしたくなっちゃうんだよね~。 「ぅにゅ!?」  夏樹は片手で雪夜の頬を両側からむにっと挟んだ。 「な、なんへふは(なんですか)」 「ん?こ~んな顔も可愛いな~と思って」 「ぅむぅ~……」  雪夜が眉間にしわを寄せて抗議してきたので、夏樹は突き出た口唇に軽くキスをした。 「っ!?」 「しかめっ面しても可愛いよ?どんな雪夜も好きだからね」 「好っ!?……あ、はぃ……あの……ありがとう……ございます……」  雪夜がちょっと困ったような表情をした後、はにかんだ笑顔を見せた。 「こちらこそだよ」 「……へ?」 「俺と一緒にいてくれて……ありがとね」  微笑む夏樹に向かって、雪夜が顔を横に振った。 「な、何言ってるんですか!それは俺のセリフですよ!?だって、夏樹さんは……夏樹さんは……ずっと……俺の……っ……俺の傍で……っごめんなさ……っ……俺、迷惑ばっかりかけて……っ」  徐々に雪夜の表情が崩れて、目尻から涙が溢れた。  迷惑……?  あぁ、だから雪夜は……   「雪夜。ね、俺のことどう思ってる?」  次々に溢れて来る雪夜の涙を指で拭いながら、にっこり笑いかけた。 「っ……ぇ?」 「雪夜は俺のことどう思ってる?」 「おれ……あの……なつ、きさ、ん……っ」 「うん、俺のことがキライ?」 「す、すき……っ……すき、です……っ……だいすき、ですっ!」 「はは、ありがとう。ごめんね、無理やり言わせたみたいになって」 「ううん、ほん、ほんとに……っ……だい、すき!……っだいすき、で……っごめん、なさ……」 「俺も大好きだよ。雪夜のことが大好き。だから、こうやって一緒にいられて嬉しいし、何も迷惑なんてかけられてないよ?」 「ぅ~~……っ……っごめ……なさ……っ」 「雪夜、もっと“好き”って言って?“ごめん”よりも“好き”って言ってくれた方が俺は嬉しいな~」 「っく……なつ……さん……だい、す……っき……っ」 「うん、ありがとう。俺も大好きだよ!」 「……っふぇぇ~……――」  無理やり言わせた感はあるが、それでも雪夜の口から“大好き”と言われるのは嬉しい。  泣きじゃくる雪夜に、夏樹はずっと「大好きだよ」と囁いていた。 ***  ねぇ、雪夜?  “大好き”って言ってくれるだけでいいんだよ。  雪夜が目を覚まさなかったら……?  このままずっと子どものままだったら……?  俺のことを思い出してくれなかったら……?  抱きしめることも拒否られたら……?  このまま――  この数年間、数えきれないほどの不安や恐怖に押しつぶされそうになったけど、迷惑なんて思ったことなんてない。  イヤだなんて思ったことないんだ。  雪夜が笑って“大好き”って言ってくれたら、それだけで嬉しくて……  それだけで、また頑張れるんだよ……    だから、謝らないで…… ***

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