541 / 715

夜明けの星 8-40(夏樹)

……って言ったのか?」  夏樹の話しに、斎が軽く眉根を寄せてコーヒーカップを置いた。 「はい。どう思います?まだ母親に関しては混乱してるってことですかね?」 「う~ん……――あ~……あぁ、そっか、なるほど」  しばらく上を向いて考え込んでいた斎が、何か思いついたようにパン!と手を叩いた。 「何かわかったんですか?」 「俺らの勘違いだ」 「え?」 「雪ちゃんが全部思い出したって言うから、俺らが勝手に母親のことも思い出していると勘違いしてただけだ」 「勘違い……ですか?」  だが、全部思い出したと言うなら、監禁事件と並んで衝撃的な……姉や母親にされたことも思い出していると考えるのは普通だと思うが…… 「雪ちゃんが思い出したのは、基本的に工藤たちに弄られていた記憶だろ?」 「まぁ……そうですね」 「でもたしか、雪ちゃんの見ている幻覚は――」 「あっ……」  そういえば、隆文たちは雪夜が幻覚を見ていることについて「母親に首を絞められた後、自分の中で精神や他の記憶とのバランスを取るために、あの出来事は悪夢だったと思い込んで、優しかった母の幻覚を作り出したんだろう」と言っていた。 「雪ちゃん自身が操作している記憶だから、今でもまだ雪ちゃんの中では“母親は実家にいる”という認識になってるんじゃないか?」 「その可能性はありますよね」 「まぁ、まだしばらくはそのままでいいんじゃないか?雪ちゃんに母親の真実を告げるのは他の記憶の方が落ち着いて、心に余裕が出来てからでも遅くはないと思う」 「わかりました。それじゃあ、今まで通り家族のことには触れずにそっとしておくということで」 「他の奴らにも言っておく」 「お願いします」  ひとまず、母親に首を絞められた事実や、その時に目に焼き付いているであろう光景だけでも自分で封印出来ているならいい。  幻覚が見えているのは気になるが実家の中だけなので、実家から出ていれば問題ない。  ただ……姉については……うなされて、うわ言で呟くくらいなのだから、恐らく思い出しているはずだ。  姉のことも母親のようにうまく記憶の奥に封印出来ればいいのだが…… *** 「ところで、結局どうするんだ?お前の家に帰るのか?」 「はい、とりあえず数日戻ってみようかと。どちらにせよ、年末年始はこっちで過ごしますけど……」 「わかった。……うまくいくといいな」 「……はい」  雪夜は大号泣の後、「夏樹さんと一緒にいられるなら、どこでもいいです」と可愛いことを言ってくれたので、「それなら、やっぱり気分転換も兼ねて少し環境を変えてみようか」と家に帰ることにした。  どうせ年末はすぐそこなので、数日間の帰宅だ。  家には食べもの以外は揃っているので、持って帰らなければいけないものは雪夜の薬くらいだ。  準備がいらないので、何なら今すぐにでもここを発てる。  が、雪夜は今泣き疲れてお昼寝中だし、斎もすでに晩飯の仕込みを始めていたので、明日の朝食後に発つことになった。  斎がチラッと寝室を見て、夏樹に視線を戻した。 「の方も、うまくいくといいな」 「ブフォッ!」  斎ににっこりと笑いかけられ、思わずコーヒーを吹き出した。 「……ゲホッ!ゲホッ!」  もうホント兄さん連中、爽やかに下ネタ投下するの止めていただきたい!! ***

ともだちにシェアしよう!