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夜明けの星 8.5-1(夏樹)

《夜明けの星……おまけ ~しあわせの欠片~》 「ほい、これ頼まれてた分の食材とか日用品な」  斎が大きめの段ボール箱を2箱ドンッ!とキッチンの床に置いた。  別荘から帰宅したところで、家には食材が何もない。  帰宅途中に適当なスーパーで買い物をするのが手っ取り早いのだが、雪夜を連れて外を歩き回るのはまだ体力的にも精神的にも難しいので、先に夏樹と雪夜を送ってもらって、斎にお買い物リストを渡して買って来て貰ったのだ。 「すみません、斎さん。ありがとうございます」  米や水も入っているので結構な重量になっているはずだが、全然余裕の表情で持って来てくれる斎に、ちょっと笑ってしまう。 「いや、別に構わねぇよ。俺もちょうど買い物して帰ろうと思ってたしな。それより家の中は大丈夫か?一応たまに来て掃除はしておいたから、そんなに汚れてはないと思うけど……」  斎が室内を軽く見回した。  夏樹は帰宅するなり家具の上に被せてくれていた埃避けの布を取って、軽く掃除機をかけていた。  空気の入れ替えのために今は窓という窓を開け放している。  時々兄さん連中が来て掃除をしてくれたり、換気をしたりしてくれていたので、数年間放置していたわりにはキレイに保たれていた。   「はい、大丈夫です」 「そうか。そんじゃ、また明日来る。雪ちゃんも、また明日ね!久しぶりに帰って来たから何となく違和感とかあるかもしれないけど、ここも別荘と同じで安全だからね。不安になったらナツか、あのでっかいクマさんに抱きついてごらん?きっと落ち着くよ」 「え?くま……?あ……え、大きいっ!?あ、すみません。あの、は、はい。あ、あの……ありがとう、ございました」 「はいよ~」  斎は、夏樹の掃除の邪魔にならないようにと寝室に入ってすぐのスペースで茫然と立ち尽くしていた雪夜ににっこり笑いかけると、颯爽と帰って行った。 ***  別荘からは斎の車で帰って来た。  一応斎の車は後部座席の窓に日よけのメッシュカーテンをしてくれているので、外の景色がはっきり見えないようになっているし、今の状態ならリムジンじゃなくても大丈夫だろうと思ったからだ。  というか、むしろリムジンだと雪夜が驚いて乗ってくれない可能性があったしな……  車までは夏樹がいつものように抱っこして行こうとしたのだが、 「自分で歩けますからっ!」  と雪夜に全力で拒否られてしまった。  そうでした……つい子ども雪夜の時のクセが……  だが、雪夜はしばらくリハビリが出来ていないので、体力が落ちている。  自分で歩けると言ったものの、いざ立ってみると思っていたよりも足に力が入らなかったようで、生まれたての小鹿状態になっていた。  雪夜は自分の身体に困惑して視線を泳がせていたが、意を決した表情で隣にいる夏樹を見上げ、   「あ、あの……夏樹さん……その……えっと……う、うでに……掴まらせてもらってもいいですか?」  と、か細い声で言うと、申し訳なさそうにそっと夏樹の腕にしがみついてきた。  もっとガバッと抱きついて来てくれてもいいんだけどね?ガバッと!!  夏樹は苦笑しつつも、雪夜が頼ってくれたことが素直に嬉しかった。 ***  雪夜は、別荘から出ると少し足を止めた。 「ん?抱っこする?」 「……えっ!?あ、だ、大丈夫ですっ!歩けます!そこまでだし!早く乗りましょう!よしっ!」  少し早口で言うと、気合を入れて車までの数メートルを歩き出した。  たった数メートルだが、車に着いた頃には雪夜だけ100メートルを全力疾走してきたのかと思うくらい息切れしていた。  それはきっと、体力だけの問題ではない。  今の状態に戻った時に洗面所に行くのを怖がったように、今までの記憶の中でトラウマになっていることがフラッシュバックしていたのだろう。  雪夜は何も言わなかったが、夏樹にしがみつく雪夜の手は震えていたし、何より雪夜の様子を見ていればすぐにわかる。  雪夜さん、そういう時にも頼ってくれていいんだよ……?  むしろ、そういう時にこそ……頼って欲しいんだけどな~……  ちょっと切なくなったが、気力も体力も使い果たした雪夜は、車に乗り込むなりぐったりと夏樹にもたれてきて家に着くまで爆睡していたので、それだけで夏樹は少しだけ浮上した。  我ながらチョロいと思うよ……  そういう些細なことでもいい。少しずつでもいいから、頼って欲しい。  雪夜が困った時、不安な時、淋しい時……気軽に頼って欲しい。  雪夜がひとりじゃどうしようもない時に一番に頼られる存在でありたいんだ――……   ***

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